ベルリンから人生敗者復活戦。

ワーキングホリデーの失敗談を綴る。その失敗の過程と、失敗から出直す、敗者復活戦の過程も勝手に配信する。

ドイツで就職すると「教会税」を払うことになりました。自己申告制ですが、毎月10ユーロぐらいは税金で引かれています。

はい、今日は給料明細の話を。もう「何でこんなに手取りが少ないの−!?」と哀しくなるので、どんな税金をどれだけ払っているのかをお話ししたいと思いまして。今日は特にドイツ人からも「え、ちゃんと申告して教会税納めているの?」と驚かれている教会税について書いて行きたいと思います。 

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教会税は自己申告制?

まずこの部分ですが、基本的には自己申告制みたいですよ。私は会社との契約を交わす際に「子供はいますか?」「配偶者はいますか?」「貴方の宗教は何ですか?」みたいに税金率を決める為のチェック項目で、宗教の部分は「キリスト教徒(カトリック)」を選んで記入しました。これ、よく分かっていなかったのですがキリスト教徒である場合、毎月の給料から小額ではありますが10ユーロぐらいは教会税として引かれて行きます。

私の会社では信仰深い人は少なく、なんと会社で教会税を納めている人は数える程度のよう。同僚の日本人女性はもちろんキリスト教徒ではないので納めておりませんし、なんだったらキリスト教徒であるはずのスペイン人も「気持ちの問題」として契約時にはキリスト教徒として申請していませんでした。まあ、信仰は個人の選択ですので、会話の端々からキリスト教的な教養を感じたとしてもご自身がキリスト教徒と認識していないとすれば、別に申告していなくても良いみたいです。私は長年キリスト教徒と自覚して生きてきたし、キリスト教徒であることで心の拠り所にもなっていたので毎月10ユーロであれば払って行こうと納得しております。

 

ドイツ人はキリスト教徒?

宗教革命で現在のプロテスタントの流れを作った有名なマーティン・ルター牧師はドイツ出身。よってドイツでは当たり前にプロテスタントの教会が主流のようです。(ざっくり説明すると伝統的な宗派であるカトリックと、カトリックの信仰の仕方に問題があるとして新しく聖書に重きを置いて信仰して行く宗派がプロテスタント)でもカトリック系の教会もちゃんとあって、私は毎週フンボルト大学近くの聖ヘドウィグ大聖堂に通っております。

ドイツ人はやはり現実的と言いますが、そこまで敬虔な信者は少ない印象です。友人達も教会に関して何か積極的な話をする人はいないし、そもそも神を信仰しているかどうか。。。「クリスマスぐらいは家族で教会に行くけど、それ以外で教会に行くことはほぼ無い」とか、ここの辺りは「お葬式だけ仏教」スタイルの方が多い日本人の感覚と似ている気がします。しかしあえて自身をカテゴライズをするのであれば一応は「キリスト教徒」に分類するし、親の影響で子供の頃にキリスト教徒として登録されている、という人もいるとのこと。

 

キリスト教徒であることを止めると教会税は払い戻される。

ちょうど友人と教会税の話をしていたとき、彼女は「私はもう教会に行ってないし、キリスト教徒としての籍を教会から抜いたから教会税は払わなくていいはず。でも毎月の税金で未だに教会税も引かれているから、年末の確定申告で教会から貰った除籍の書類を提出して払い戻しをしてもらうわ〜」という話を教えてくれました。このように日本では自営業者が主にする手続きと言う印象がある年末の確定申告ですが、ドイツではドイツ国籍や移民関係なく、結構皆がきっちり確定申告を行い、払いすぎた税金や間違っている部分は払い戻しの申請をしています。教会から除籍の書類があるのもプラクティカルでドイツっぽいなあと思います。(日本でも一応所属教会のシステムはありますが、教会税という行政が絡む形での集金はありませんでした。)

 

教会税を納めないデメリットはあるのか?

キリスト教徒でなければ何も問題が無いように思える「教会税」のシステム。またキリスト教徒であったとしても年間120ユーロほどになりますし、出来れば払いたくないからと教会には通ったとしても信者としての申告はしない人もいるかもしれません。同僚で同じキリスト教徒であるドイツ人女性に質問したところ「教会税を払っていない人は、教会で結婚式を挙げることは出来ない」というポイントを教えてもらいました。日本では西洋文化からの影響でいつからか教会での、もしくはチャペルと言った教会風なところで神父風なよく分からない人の前で結婚の誓いを交わすことが人気ですが、ここドイツではキリスト教徒以外の人は教会での結婚式は行うことが出来ません。もし信仰心があり、将来的には教会で結婚式を挙げたい人は一度考えるポイントかもしれません。今のところ知っているデメリットはコレぐらいですが、もしかすると教会に置ける物事で不都合が出てくるのかもしれませんね。もっと和語っときに追記します。

 

教会税を納めていくことに関して

私にとって「教会に行く」という行為は「祈り時間」という意味合いよりも、「一時間安らかな場所で静かに物思いにふける」というメディテーション的な作用が大きく、毎週日曜日に約一時間まだあまり分かりもしないドイツ語のミサに出席しながら「今週はコレとアレがあるから、そろそろ準備しよう。」とか、「先週のこの問題がどうしても引っかかっているけれども、そもそも私が本当に悪かったのか?」と現在過去未来の色々なことに考えを巡らせています。海外で暮らして行く中で、このように自己を振り返る時間って結構大切で、ミサ中は無理矢理にでも一時間座っている訳ですから、その一時間だけは色々と考えることが出来て嫌でも何らかの気持ちの整理が付く訳です。「教会にちゃんと通うと調子が良くなる」と私はたまに発言するのですが、それは神様のスーパーパワーに守られている!とかいう超常現象でも何でもなく、ただ単純に自分のメンタルのメンテナンスが出来る、ということです。一時間のメディテーションの場として教会ほど安心する場所は無いですし、また世界各国どんな町にもありますので、何処に出掛けても心が安らぐ場所があるということは私に取って非常に有り難いことです。今まで世界中の教会を訪ね、少しばかりの寄付を重ねてきましたが、本当に老朽化して行く教会などに大きく寄与することは出来ませんでした。先人の方々の素晴らしい教会美術や建築をいつも鑑賞し、時には素晴らしいパイプオルガンの演奏に感銘を受けてきたので、今後のメンテナンスや教会の修繕の為に僅かながら貢献出来ることは自分としても喜びを感じます。だから私は教会税は納めますし、またコレからも日曜日ぐらいはちゃんと通って行きたいと思っています。

 

一番大切なお祈り「主の祈り」

実は私、4カ国語で「主の祈り」が唱えられるという特技があるのですが、これをなかなか披露する機会は無い。ここまで読んで頂いた人は「教会の祈りってどんな感じ?」と興味を持ってくれているかもしれないので、最後に4カ国語で「主の祈り」をご紹介して終わります。この祈りはミサの最中に必ず全員で復唱する場面があるので、コレだけはドイツ語でも英語でもスペイン語でも言えると、その地の教会で地元の方と一体感を感じられるので頑張って覚えました。たとえメディテーションとして座っていても、もちろんお祈りもしますので、「今日も日本の家族が平和でありますように」とか「今度結婚する友人がいつまでも幸せでありますように」とか、そのようなお祈りの前後にこの祈りを唱えたりもします。もし海外のどこかで教会に行く機会がある人は是非挑戦してみて下さい。一緒に唱えられると参加出来たな〜って自己満足出来ます。

 

主の祈り(日本語)

天にまします我らの父よ

願わくは
み名の尊まれんことを

み国の来たらんことを


み旨の天に行わるる如く地にも行われんことを


我らの日用の糧を今日我らに与え給え


我らが人に許す如く我らの罪を許し給え


我らを誘惑に陥らせず


我らを惡より救い給え

 

Our Father(英語

Our Father, Who art in heaven


Hallowed be Thy Name;
Thy kingdom come,


Thy will be done,
on earth as it is in heaven.


Give us this day our daily bread,


and forgive us our trespasses,
as we forgive those who trespass against us;


and lead us not into temptation,
b

ut deliver us from evil. Amen.

 

Padre nuestro(スペイン語)

Padre nuestro, que estás en los Cielos,

santificado sea tu nombre, venga tu Reino,

hágase tu voluntad así en la tierra como en el cielo.

y perdónanos nuestras deudas

así como nosotros perdonamos a nuestros deudores,

y no nos dejes caer en la tentación,

mas líbranos del mal.

 

Vaterunser (ドイツ語)

Vater unser im Himmel,
geheiligt werde dein Name.


Dein Reich komme.
Dein Wille geschehe,
wie im Himmel so auf Erden.


Unser tägliches Brot gib uns heute.


Und vergib uns unsere Schuld,
wie auch wir vergeben unsern Schuldigern.


Und führe uns nicht in Versuchung,
sondern erlöse uns von dem Bösen.


Denn dein ist das Reich und die Kraft
und die Herrlichkeit in Ewigkeit.