読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ベルリンから人生敗者復活戦。

ワーキングホリデーの失敗談を綴る。その失敗の過程と、失敗から出直す、敗者復活戦の過程も勝手に配信する。

ベルリナーレで映画鑑賞「夜空はいつでも最高密度の青色だ」東京砂漠という記号がこれほど当てはまる閉塞感で窒息しそうな映画は無い。

ベルリナーレで映画鑑賞「夜空はいつでも最高密度の青色だ」

www.youtube.com

人生の節目節目で出会う、影響を与えてくれる映画ってありますよね。

まず何より、この映画は私に取ってとても個人的な映画となりました。映画で一貫して描かれていた「閉塞感と生き辛さ」は私も日本で感じてきていたことだし、そこから出てみたくてドイツまで来たので。就職も決まって、ここでの新しい日常が出来上がってきている最中に、なんだかタイムリーと言うか、原動力を再確認させてくれた映画でした。そして舞台挨拶後に、今まですっごく尊敬して作品も見てきた俳優である池松壮亮さんにもお会い出来たこと。この映画祭で一番忘れられない映画はまさにこの映画です。

f:id:morianna:20170219233054j:plain 

チケットの売れ行きとしては、若干買い易い印象で、当日でのネットでも買える程だったので注目度が低いのかと思えば、同日の会場では平日夜の22:00からの上映にも関わらず、会場オープン前から長蛇の列が出来ていてベルリン市民の映画への関心度の高さに感激しました。上映前の会場もお客さん2階席までギッシリでした。 

f:id:morianna:20170219233243j:plain

 

身体の芯から震える、日本社会の息苦しさとそこに生きる若者を描いた作品。

この映画は最果(さいはて)タヒさんの詩集をベースにストーリーを載せて映画化したこの作品、で閉塞感と息苦しさの中で辛うじて生きている若者のある意味ラブストーリー。「昼は看護師として働いて、夜はガールズバーで働いているミカ。建設現場の日雇いとして生きる片目が不自由なシンジ。それぞれ孤独を抱えながら東京で生きてきた二人が、偶然にも何度も出くわす、というキッカケで交流を深めて行く」というお話です。役者さんも豪華で、特に重要なキャラクターとして出てきた松田龍平は存在感があって、彼を初めて見たイタリア人も彼を気に入っていました。画面の色は美しく、とくに夜空をネオンで表していた部分は何度観ても「わ〜」と救われるような想いがしました。俳優さんも全員味があって、とくにシンジ役の池松さんとおじいちゃんとの交流の部分は、東京で生きている命を一番感じさせてくれました。

 

同じ大都市でも東京とベルリンは違う。何故日本では「生きているだけで申し訳ないのか」

この映画は「閉塞感、生き辛さ」が一貫して描かれていました。生きているだけで肩身が狭い、そんな印象を受けました。先月の私は、仕事が決まるまでベルリンでは貧乏生活をしていて、それこそ外食は数えるばかりだったし、なんだったらお金のことあって外出すら控えるようになっていたけれども、それでも生きていることに申し訳なさなどありませんでした。確かに仕事がなかなか決まりそうにない時、路上の物乞いのオバさんや、道端の空き瓶を集めて回るオジさんを観た時「もし、このまま仕事が見つからなければ何をやっても生きて行かなければならないのだから空き瓶拾いは選択肢に入るのだろうか」とまで考えたことはあります。それは仕事が無かったからで、減り続ける貯金に恐怖して結構限界まで追いつめられていた心境だったかもしれません。でもこの映画の主人公達はどんな形であれ仕事をして、家賃を払って生活をしている、誰に迷惑をかけるでもなく、しっかりと自立している。それなのに、何故に東京、日本ではここまで生き苦しいのか、閉塞感に苛まれているのか。お金がない、スーツの仕事ではない、それだけで人間は生きている価値はないのか。それでも生きていたい時、僅かなお金を稼いで生きることは恥ずかしいことでしょうか。生きているだけで肩身がせまい、そんな気持ちにならなければいけないのか。東京では人が沢山いるのに、爆音に包まれていても強烈な孤独を感じる人が多いように描かれていました。観ていてとても辛かったです。ベルリンではお金がないと「ハッキリお金がないから」と言える。そのかわりに安いケバブでも食べに行こうとなる。何かに挑戦している人が多い街だからか、お金がないことはあまり恥ずかしいことではありません。ましてやお金がないから生きていることが申し訳ないとか、恥ずかしいとか、そういう風に卑下している人はあまりいないと思います。この映画で日本と言う国は「仕事がないと生きていけない国だが、仕事があれば生きていける国でもない。仕事と誇りと何か社会に誇れなければ生きていけない国」と言う風に映画で描れていました。

 

「金がなければ恋愛だってできない」でも愛が無ければ生けても行けないみたい。

ガールズバーに行く主人公達が「俺たちみたいに金がない男は相手にされないさ」と自嘲的に笑っていました。でもお金がなくても「今、コンビニの女の子に恋しているんだ」「それだけで人生捨てたもんじゃない」とも言う。金金金だ!という世界で、それでも愛さえあれば人生が変わる気がする、そんな心境が描かれていたのはもの凄く救いでもあり、痛々しかったです。だって「愛」がとても空虚で、誰も自分が口にする「愛が何か」なんて分かってもいないみたいだったから。見えない空気みたいなものに押しつぶされながら、結局は金が全てのような価値観の中で生きて、心のどこかに金と言う呪縛から解き放ってくれる「愛」みないなものに憧れだけを抱いている。東京と言う街では誰もが「愛」という存在を軽んじているのに、「愛」というものが『金』を上回る絶対的な何かを秘めていると信じている。苦しい現実から希望にもみた夢を見ているみたいで哀しかったです。

ヒロインの石橋静河さんは影があるキャラクターだけども、池松壮亮さんら建築の日雇い労働者達と比べると看護師と言う仕事がある分、どこかまだヘルシーさがあって、画面に明るい要素を入れてくれていた思いました。でもそのヘルシーさと同時に、自分を痛烈に卑下していて闇が深いとも感じました。他人を批判しつづけて、最後に一番自分を批判する。性に奔放そうな行いもすれば、そんな自分をやっぱり卑下している。女性は「金」という要素への強い執着を描いてはいなかったけども、自分でお金を稼ぐようになったからか「愛」への希望がすごく薄くて、その分希望が見えなくて辛そうでした。それでも最後はミカとシンジの何かしらの希望が見えたし、閉塞感に満ちている映画なのに、希望も随所に埋め込まれている。清濁併せ持った東京で、生き苦しさと閉塞感の中で生きて行く日本の若者達を描いた映画でした。

ちょっと間延びもするし、見づらい映画。外国人に囲まれて劇場で、日本の空気感や東京という街を知らないと、この閉塞感やその中で手にする希望の温かさと儚さは分かりにくいのではないかとも思いました。

 

観賞後の質疑応答で見えた、日本人と外国人の感じ方の違い。

f:id:morianna:20170219233313j:plain

上映前は「今回は石井監督がお越しになっていますので、上映後に質疑応答を行います」とのアナウンスがありました。私はそれだけでもかなり嬉しかったのですが、実際には「俳優達もきておりますので。」と池松さんと石橋さんが壇上に上がられたときは心臓が止まるかと思うほどに嬉しかったです。体温5度ぐらい上がったと思います。

この映画祭での質疑応答の場に居合わせるのも人生で初めてだったのですが、質問は本当に映画ファン、プロの記者ではない方々が手を挙げて質問をしていて面白かったです。まずは欧米人がバンバン手を挙げて質問をして行きます。彼らは質問慣れしているのか質問を整理するのは上手いのですが、一回に質問を3個したり多いのが特徴的でした。日本人は遅れて手を挙げます。そしてまず何故にそのような質問をするか説明してから、最後に質問するので質問までが長かったです。

欧米人は日本社会の構造を質問して、日本人は監督の意図を聞く質問が多かったです。例えば「日本では貧困の若者や失業者へのセーフティはないのか?」というような質問があり、石井監督は「制度としてあるにはあるけど、不正申告もあるから検査が厳しくなっている。また日本人独特の見栄もあって申請しにいかないこともあるんですよ。」と答えていました。確かに、経済的に発展しているはずの日本にも関わらず、ここまで閉塞的な社会を見せられたら「なんで日本なのにここまで大変な暮らしぶりなのか」と聞きたくもなりますよね。信じられないとも思いますし。

 

一生に一度の機会だと思って、私も質疑応答に手を挙げて質問してみました。

他の方が質問し、監督と直接会話をするのを目の当たりにしながらずっとムズムズしていた私。友人に「こんな機会は無いから是非質問しなさい。」と励まされて、最後の最後で質問させてもらいました。まず、22時上映にもかかわらず来て下さったこと、そして質疑応答の時間までつくって下さったことに感謝しました。(もうコレが一番言いたかったかもしれない。)

そして「東京の生き辛さや閉塞感を描かれていましたが、この閉塞感や生き辛さは、それぞれのキャリアで成功しても、今なお感じますか。それとも監督や役者としてのキャリアが成功するに連れて、生き苦しいさは薄まりましたか?」と質問しました。

まずは池松さんが答えて下さりました。「成功の是非は生き苦しさの問題には直結しない。今だって、まだ生き苦しさはあるし、東京では映画だってドンドン取りづらくなっていっています。」とのこと。石井監督は引き継ぐように「付け加えになりますが、日本は拝金主義で、金さえあればの風潮が強い。成功の道筋も、昔ほど分かりやすくはなくなったから、どこに行けば良いか分からないという苦しさは拭えないんだ。」という主旨の言葉を言われました。

成功しても尚生き辛さは感じ続けている、という言葉にすごく胸が苦しくなりました。この映画を自分事に感じない、自己を投影しない人は幸福だと思います。

ベルリンと言うワークライフバランスが当たり前の大都市で経済的にも安定して生活していたらこの映画は芯まで共感しにくいかもしれません。共感しにくいからか、折角監督や俳優とのインタビューの時間があるにもかかわらず、上映後の退席者は多く、最後まで残った観客は半分ぐらいでした。平日で、かつ時間も深夜を過ぎていたので仕方が無いことなのでしょう。それでも嫌な顔もせず、監督さん、俳優さん皆さんとても受け答えが誠実で、丁寧で、この映画をドイツまで届けてくれていたことに感謝です。そして大変だろうけれど、やはり監督や主演俳優が上映後にお話をして下さるのはもの凄くいいなあ、と感じました。映画への理解度や思い入れが更に深まりました。

 

日本公開は5月!息苦しさに藻掻いていたら共感してしまう、したくないけどどこかに自分を見つけてしまう映画です。閉塞感の中に希望もあります。

東京・新宿ピカデリー、渋谷ユーロスペースで5月13日から先行公開、5月27日から全国公開されることが決まっているとのことです。公式サイトはこちら ⇩

www.yozora-movie.com

 

欲を出して、最後に池松壮亮さんにサインを頂いてしまいました。本当に緊張しましたが「ラストサムライに出られていた時からファンでした。」と言うと、嘘っぽく聞こえたのかちょっと笑われてしまいましたが、今後も応援していますと、伝えられて良かったです。19日の授賞式までは残れないとも言われていましたが、少しでもドイツ滞在を楽しまれていてくれたら良いなと思いました。また石橋静河さんにもサインを頂けたのですが、整った顔立ちなのに、すごく良い意味で普通の女性で、自然体ってこんな方なのかなと思いました。舞台挨拶での彼女は全て英語で受け答えをしてくれて、通訳のタイムラグの無い直接の言葉を届けてくれたのは、すごく有り難かったです。

f:id:morianna:20170220002713j:plain

池松さんに頂いたサイン。感激です。石橋さんのサインはチケットを取ってくれた友人の住所横だったので、カードで隠させてもらってますが、熊さんの下辺りに書いて頂きました。

最後に、勝手な印象ですけれども、今回の池松さん、喋り方も、しぐさも映画そのままでした。テレビで見るインタビュー映像の話し方と同じで、朴訥としていて、お疲れかもしれないけども対応はとても丁寧でした。Mozuとかで俳優としての知名度も実力も世間に知れ渡っているし、近年の活躍はすごいです。それでもことごとく、大作とか話題以外の映画にもでている。池松さんが口にした「映画が取り辛くなっている」その真意は何だろうか。丁寧に、真面目に映画を作っている当事者としての言葉だったと思う。成功していても、いまだ藻掻き続けている部分もあるのでしょうか。本音を少し、聞かせて頂けてすごく嬉しかったです。届かないでしょうけれども、心の底から有り難うございました。私がベルリンまでやってきた意味を、もう一度最初から考えさせて頂く映画でした。