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ベルリンから人生敗者復活戦。

ワーキングホリデーの失敗談を綴る。その失敗の過程と、失敗から出直す、敗者復活戦の過程も勝手に配信する。

第四話 ベルリンで何のスキルもない私が泣きながら就職活動しています、やっと面接に呼ばれました、の話。

時:1月初旬(多分2017年1月10日ぐらい)

テーマ:初めての面接に呼ばれて死ぬほど嬉しいが、冷静になって色々振り返ってみよう

 

私の「やったーああああ!」って気持ちに一番近い、自由な鳥がベルリンの壁ギャラリーにいました、って写真のせときますね。 

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ベルリンで就活に失敗しても、せめてドイツ語だけは確実に上達していたという発想の転換に救われる。

 「スキルもない、ドイツ語も話せない日本人なんてベルリンじゃお呼びじゃ無いんだよ!」という罵声を自分自身に浴びせながら、この一週間必死に現実に向き合ってきました。先週の段階では「このままベルリンで清掃やカフェの仕事をするのであれば、日本に出戻って一度スキルを身につけて出直した方がいいのではないか」という想いが生まれていて、それはもう暗かった。宇多田ヒカルのお母さんのヒット曲、「十五、十六、十七と、私の人生暗かった。」と言いたくなるぐらい、この一週間の私は暗かったです。(これが伝わる人いるのかしら?)そんなジメジメした状態で親愛なる友人達に弱音を吐くと、「日本が合わないって悩んで飛び出したのに、ここで帰国したら元の問題に戻るだけじゃないのか。」と正論を返されました、ごもっともです。でも彼らは優しくて「転んでも只では起きない精神で、カフェでも清掃の仕事でもして食いつないで、ドイツ語だけは上達して帰国すれば良い。」と、道を示してくれるのでした。神様か!有り難すぎるお言葉でした。「そうだ、何も完璧にならなくても良い。誰に誇れる仕事をする必要もない。カッコ悪くても、上手くいかなくても、ビザが切れる8月末までは精一杯ベルリンで生き抜いて行けば良い。」と、ここで一度気持ちを切り替えることが出来ました。転んでも只では起きない、って本当に崖っぷちの人に勇気を与えてくれる言葉ですね!

 

就職活動の方向性を見直しました。「私のスキルはホスピタリティーと日本語です。」

 そもそもの就活のスタートが遅く当初の3ヶ月は語学一辺倒かつ生活基盤を築くことに終始していて、本腰入れて履歴書を送り始めたのは12月に入ってからでした。まあ、その3ヶ月間の間にアメリカの妹に協力して頂きながら英文での履歴書、前職での簡単な仕事内容のアピール資料とか作っていたし、前職のお世話になった方にお願いしてレファレンスレター(「この子良い子だよ!」みたいな推薦状っぽい手紙)を用意したりと就活準備はしていました。でも12月までの就活は夢ばかりを追いかけてドイツ国内の映画産業ばかりに履歴書を送っていたんですよね。ベルリンで通っている図書館にある日本映画のDVDをぜーんぶ机に積み上げてですね、パッケージから会社名を見つけて、その会社を調べ、「日本人スタッフいりませんか?」ってお手紙書いて、履歴書と一緒に送るんですよ。ふわっふわの頭だけどもやることは一応やっていたんですよ。

 でも、いらないんですよね、中途半端な日本人スタッフなんて。しかも映画産業のことなんて何にも知らないし、学歴だって映画もアートも関係ないし、広報したいって言ってもアシスタントで1年半働いただけで、実績らしいものもないし。そんな人間が雇われる訳が無いと、一ヶ月で挫折しまして。そして自分の強みを再度考え直したのです。これはターニングポイントでした。

 そしたら使えるスキルと言えば、まずはホスピタリティーですよね。前職で3年ホテルに居ましたし、それまでもバーとかで働いてきましたし。次は母国語である日本語です。それとセットで「日本企業で働いた経験」というものもアピール出来ると思いました。このように、即戦力という考え方の海外にて就職活動をするのであれば、裏付けとなる確固たる理由が必要な訳です。ここから私は映画産業は保留とし、「日本語が使える人材を必要としている」業種を探し、またホテルやホステルなど、前職をそのまま生かせる募集にも応募して行きました。このような業種での即座のインターンシップや正採用の道は難しいと想像出来たので、これ以上貯金を崩さなくて住むようにアルバイトも探し始めました。

 

正しい方向に努力をすると気持ちが楽になる。気持ちが前向きになると行動に表れる.行動すると、何かしら道が開けてくる。

 気持ち新たに先週はホステルやレストラン、ホスティタリティー産業かつ、不自由なドイツ語を英語でカバーしながら働けそうな場所へ履歴書を配って歩きました。メールにて履歴書を送るだけでは確実性に欠けましたし、レストランやホステルなどでは、実際に人柄を見て貰った方が良いので、直接履歴書を持ち込むことが重要だと現地の友人に教えられました。一日5枚でも配れば、その日は何か一つ、右か左か後ろか前か分かりませんが、とりあえずどこかには進んだと思えるようになりました。そして気分が明るくなると同時に、ある会社から面接に呼ばれるという奇跡が起こりました。この会社は唯一といって良いほど「ベルリン在住で日本語がネイティブレベルで、かつ英語かドイツ語が堪能」という私にピッタリ当てはまる募集でした。そして更に翌日にはあるホステルで「一度会って話をしてみましょうか。」と、ここでも面接を設定して頂けました。進むときは、意外と進むものなのですね。そして一社だけだとどうしても「ここしかない!」と切羽詰まって前のめりの姿勢になりすぎてしまうのですが、同時に二社で面接が決まると、どちらかにご縁があれば良いな、というリラックスした状態で進めることが出来ます。実はこの二つの会社、まさかここまで繋がるとは思っていなかったキッカケから面接まで進んだ会社でした。どこで情報を得て、どのように就活をするのか、これってスゴく重要だと思わされました。次は、この二つの会社に関して詳しく振り返ってみたいと思います。