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ベルリンから人生敗者復活戦。

ワーキングホリデーの失敗談を綴る。その失敗の過程と、失敗から出直す、敗者復活戦の過程も勝手に配信する。

ベルリナーレで映画鑑賞「今日観た映画の中で一番良かった!」と賞賛された日本映画「三つの光」日本映画が海外でこそ評価されるのは何故だろうか。

Berlinale 2017 映画が好きすぎる。

ベルリナーレで映画鑑賞「三つの光」

まだ予告編がyoutubeとかでは公開されていないのですが、ベルリナーレ公式サイトのプログラムにて映画のワンシーンが公開されています。映画の中でも象徴的なワンシーンを観てみると、この映画の持つ危うさと不気味さが分かるかと思います。

www.berlinale.de


舞台挨拶時の質疑応答で質問に手を挙げた一般観客より「今日は朝から沢山映画を観て回って、つまらない映画も多くて本当に疲れ切ってからこの劇場に来たんだけど、今日観た映画の中で一番素晴らしかったよ。まず、賞賛したい。」と言われていました。本当に観客皆で拍手しましたよ。

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今日の会場もベルリン動物園近くのDelphi Fimlpalast。なかなか雰囲気のある会場です。

「痛くて脆い繊細さ」と、「強烈な自我」を気持ち悪いぐらいに見せつけてくれるストーリー。

ストーリーはすごく単調で「夜な夜なガレージのようなスタジオで音楽を作り続けているマサキとK。作業はマサキが中心に行っているが、口だけは立派で横暴なK。二人だけでの音楽製作では先が無いからと、Kに押される形でマサキは知り合い女性のミチコと、その友人のアオイをメンバーに迎える。」という流れです。それぞれに打ちに秘めた葛藤や苦しみが合って、音楽製作で自己を解き放つにつれて、内面の葛藤も表面化していく、というストーリーでした。

斬新なキャスティングと脚本の作り方。新時代の日本人監督だからこそ作れた映画だったのかもしれない。

上映後の舞台挨拶でもお話しされていましたが、今回の映画は全てワークショップにてキャストを選出し、キャストと一緒にストーリーを練り上げて行った、とのこと。大体のストーリーの枠組みは監督が作ったようですが、そのストーリーも「キャストを選んでからそのキャストの性質を生かすストーリーを考えて行った」という、「作りたい映画のキャラクターに合う人を選ぶ」のではなく、「一緒に映画を作りたい俳優を選んでから、その俳優でストーリーを作る」という、結構ビックリな順番で製作されたようです。

何度も俳優さんと対話を重ね、役者さんの性質を把握されていたからでしょうか、怖いぐらい役者さんの性質がそのまま映画に反映されていて、上映後の舞台挨拶でメインキャストの役者さん4名が壇上に上がったときは「え?まだ演技しているの?」と思うほど、役者さんの立ち姿なり話し方まで映画の中の印象と同じだったのです。精神的に弱い役柄アオイを演じた女優さんなんて、ずーっと目線が下をむいているし、姿勢だってちょっと猫背で儚げ。一方シッカリ者のミチコを演じた女優さんはすごく綺麗な姿勢で堂々としています。友人と「演技かな?サービスしてくれているのかな?」と最初はざわついたのですが、監督さんの製作過程を伺って「それにしてもそのまんま過ぎるだろう。」と少し怖くなりました。自分の持っている性質をベースに最大限誇張したり変形させたりして映画に映し出されるって、役者さんってホンマに大変だなあと思いました。

ベルリナーレ、フォーラム部門ならでは!上映後の舞台挨拶と直接交わされる質疑応答の有り難さと面白みを噛み締めてきたよ!

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この映画、淡々とした作りになっているのに水面下での動きが激動で些細な演出に気づいて行かないと監督さんが伝えたかったことを上手く受け止められないのですね。だから上映後に「ちょっと、あそこどういう意味だったの?」と理解を深めて行きたい時に、作った人に直接聞けるという幸運と面白さ。実際に第一の質問が「最後のシーンはこういう意味を持っているのか?」と解釈にズレが無いかの確認でした。監督さんは「僕が言いたいことを代わりに説明してくれて有り難うございます。」との解答で、これはやっぱり観客的には自分の解釈が合っていたという、知的ゲーム的にちょっと嬉しくなってしまいますよね。

ここでのやり取りで本当にキャストの特徴がよく見えて面白かったなあ。

ミチコ役の女優さんは通訳の人への気遣いが素晴らしくて、ある程度話したら、一度訳す時間を与えたり、「もう少し話し続けて大丈夫ですか?」って感じに目線で伺ったり、気遣いの人ミチコって感じが出ていました。

逆にKは堂々と、前に前に出てくる。映画の演技でも「この演技で喰ってやろう」としている感がすごくあったし、この舞台挨拶でも監督の言葉を補足したり、通訳さんが「authenticy」を上手く解釈できず、「この映画では本物、ということがテーマにあったかと思いますが、どのような点で意識されていたのですか?」という質問を「各キャラクターの個性をどのように描こうとされていましたか?」と結構大きくズレて訳してしまった。おおー、ヤバイぞと思っていたら、Kがすぐに横にいた監督に「実際は本物って意味で、こういう意図の質問だったから。。。」と訂正して、フォローをしていた。実際にKが話すとかなり面白かったし、観客も直接話してくれた方がタイムラグがなくてすごく聴きやすかった。

Kが舞台挨拶でも目立ってしまって、監督さんがすこし印象が薄まってしまうぐらいだったけれども、製作過程を伺った後だったので、全然それで良いのだろうと思った。それを許容する、しかも無理なく自然に許容する監督さんだからすごいと思う。新しい時代の、日本らしい監督さんだ。和を大切に、他者と共存、むしろ上手に他者に乗っかっていっちゃう。この映画もオリジナルで無理やり嵌め込めるよりも、役者の個性をそのままキャラクター落とし込んだから、映画自体がドキュメンタリーのように、まさに本物になっていた。

むしろ、本物すぎて気持ち悪かったぐらいだった。無理矢理演出するよりも、素材を生かした方が良いって本当なんだな。ジャガイモで栗金団は「それっぽいものは」作れるけど、サツマイモで作った方が美味しいのは当たり前だ。

何故「良い映画」が「興行的にヒットする映画」とイコールではないのか。

映画好きが「良い映画」という映画は、もちろん良い映画に変わりはないのだけれども、映画好きの友達には勧めるけれども、あまり映画を観ない友人、もしくは映画好きでも人を選んで紹介する映画は多々ある。そしてこの映画はまさにそんな映画で、スゴく良い映画だったけれども二回は観ないし、万人にオススメする映画でもない。やはり万人にお勧め出来る映画は「エンターテイメント映画」であったり、「教育的」か、「感動的」でどこか王道のストーリーがあったりする。ディズニー映画の鉄則「ヒーローズ・ジャーニー」というストーリーテラーの鉄則のような映画の展開をしていく脚本は、演出や映像の力以上に、確実にその映画を万人受けする映画に仕上げてくれる。もちろん法則にのっとるだけで傑作が出来る訳ではないけれども、普通に映画を楽しむ為には話を追い易い、そんなストーリー展開が好まれるのは当然だと思う。

また万人受けする、というか誰もが誰とでも見やすい映画には何個かポイントがある。まず、鬱々とした要素がない。分かり易い「アルコール中毒」のキャラクターが出てきても問題は無いけれども、そのキャラクターがガチで救いようが無くて、酒の為に子供に売春とかを強要していたらかなりキツい。そして性描写が少ないこと。マニアックなプレイや、オーラルセックスや野外などのセックス描写が描かれると、キスシーンやベットでのセクシーなサービスショット的なセックスシーンよりもかなりハードルがキツく、親や付き合いたての恋人とは見辛くなる。そしてストーリーや映画のテーマが明確であること。「弱小の野球チームが新しい監督を迎えてリーグ戦で勝ち抜いて行く」とか、そのような誰でも映画の主旨やラストの感動を味わえるストーリーは万人から共感を得易い。もし、一瞬差し込まれた比喩的な表現から「ああ、実はこのような背景があるから主人公は自主性を失っていて、だからこそ夢を素直に追いかけることが出来ない葛藤があるのだな。」とか理解することが出来なければ、その映画のテーマが単純に「歌手になりたい若者の話」だけではなく「過去の負い目から実力を発揮出来なくなったシンガーが、葛藤を乗り越えて成功のキッカケを掴む」という「葛藤」という重要なテーマに気がつけなければ味わえないストーリーとかであったら、普段から映画をそのように見る癖が無い観客には「なんか、普通に歌手として成功しただけだったね。地味な映画だった。」という印象しか与えない。つまり、今日の映画も「映画好きの人が楽しむ映画」であって、はたして「一緒に映画観に行こうよ!」ってなった時に、選ばれる映画かと言うとそうではない映画だったと言いたいのです。

 

それでも万人に受けなくとも映画好きに評価される映画を作り続ける意味とは?

一観客の私が偉そうなことばかりを書くべきではないのですが、結論、映画は映画好きが映画好きに向けて作れば良いと思います。王道の映画が好きな映画好きももちろんいるでしょうし、そのように映画たる映画をつくる監督さんも俳優さんももちろんいると思います。また、映画好きを楽しませる要素を持たせながらも、映画を普通に楽しむ人も置き去りにはしない、二層にも三層にも深堀して行ける、「どこまで掘り下げれるかは、アナタ次第だよ?」みたいな映画をつくるスゴい監督もいると思います。興行的にも映画としての評価も勝ち取るのはこのタイプの監督さんなのかと思っております。で、映画好きじゃないと楽しめない映画って、何なのだってことですよね。でもさ、普通に映画見る人って年間で何度映画館に足を運びますか?3ヶ月に1回映画を観に行って、年間で4回でしょう?TSUTAYAでレンタルはしても、dvdまで買って揃える人ってどれだけいますか?映画館に行ったり、dvdを買ったりするのって、やっぱり思い入れがある観客だと思うんです。それって映画好きの人達ですよね。だから、映画好きに支持される映画も監督さんも俳優さんも、やっぱりものすごく意義があると思うんです。だから今日の映画もものすごく意義がある映画だと言いたいんです。

 

日本映画が海外でこそ評価されるのは何故だろうか?

まずはひとえに、海外でこそ評価される、ということは乱暴に言えば「日本映画らしい繊細な表現がある映画」だからだと思うんです。ハリウッド並みにドッカンドッカン!爆発させたり、カーチェイスを繰り広げる映画を作ったって、日本の映画界の予算と映画撮影の規模、また映画撮影のし易さから考えても、どーせハリウッドぐらいの派手さは難しいし、そんな映画をあまり日本映画には求めていない気がする。もちろん工夫を凝らしてすごく面白いアクション映画とかもありますけれども、わざわざ日本映画で見るかっていったらそうじゃない。日本映画で見たり、評価されているのってやっぱり「繊細なストーリーと役者の繊細な演技」とかそのような高度な表現力に底力があるからだと思うんです。もちろん例外もあるのでしょうが。で、その繊細な表現って海外の映画好きな人は理解してくれるし、その上その「ささやかな繊細な表現の裏に隠された意味合いを汲み取る」というとても知的な遊びを楽しませてくれるので、知的欲求が満たされて観賞後の満足感が出る、という訳分からんところでエンターテイメントになっていると思うのです、私は。そして日本人自体が何故繊細すぎる表現を好まないかと言うと、同族嫌悪って言葉が当てはまると思います。直接的なコミュニケーションをとり、言いたいことをぶちまけて、感情のままに手が出る、そんな情熱的なお国柄の人から見たら繊細さって興味深いかもしれないけれども、(ましてやそんな国で繊細さに気づける感度の高い繊細な方には嬉しい同族意識に帰するかもしれないけれども)勘が良すぎる日本人には「あ、これ私だ」ってすごく嫌な物を見せられた気分にもなるんですよね。流し忘れたウンコを便器でみちゃうみたいな。自分を卑下する考え方が根底にあるから、映画の中で多少なりとも誇張して描かれている人間の弱さやエグさを、自分にも見てしまう。この奥ゆかしさが仇となってすんなりと映画としての表現を楽しめない、そして切り離して鑑賞出来ない。日本人が繊細な映画に出会い、またネガティブな方向で自己を投影してしまった時、日本人であるが故の特製で日本映画を味わいにくくしてしまうことがあると思うのです。今日の映画もその部類ではないかな、と思いました。私には終始「気持ち悪い人間ばっかりだな。」と嫌悪感がつきまといました。分かり易い気持ち悪いキャラクターもいましたが、登場人物全てにどこが気持ち悪かったか羅列出来るぐらい総じて全員が薄ら気持ち悪かったです。ハッキリ言いたいことを言え!行動しろ!それをしないキャラクターに嫌悪を覚えました。そして、今日の映画にはその嫌悪感を常に現して傍若無人に振る舞うキャラクターが出てきたんです、Kという名で。ものすごく面白かったですね。ものすごい「日本!」な中に、逆をいくキャラクターをぶち込む、というストーリーの面白さ。ここが監督さんが描きたい部分であったと思うし、まただからこそ日本社会に生きる人々が「普段如何に本音を晒すこと無く抑制していきているか」を如実に描き出していたと思うんです。まあ、この自由すぎるKにすら私は嫌悪を感じましたけども。(私は末期だな!)反動が強すぎて逆をいくオレ!みたいなキャラクターが「コイツ、邪道の自分に酔っている」とも思えたんですね。深読みしすぎると監督のテーマを素直に受け取れなくなる現象です。ともかく、繊細な日本映画が海外でこそ評価されるのは、同族嫌悪を感じること無く映画そのものを映画好きならではの知的好奇心を刺激する形で楽しませてくれるから、という結論に達しました。季語や返歌など、繊細な和歌の文化を持っていた日本人ならではの、高度な映画作りといっても良いのではないか、とすら思うのです。(ちょっとハッキリと断言出来ないけれども。)

 

ネタバレあり!何故「三つの光」が海外の観客の知的好奇心を充分に刺激し得れたのか?

まず映画好きは「この映画はあの映画に似ているな」という分析をよくします、少なくとも私はめっちゃします。今回の映画を過去の映画で評したならば「Fight Club × Frank 」でした。いきなりネタバレですが、この映画の主人公の男性は静と動のような対照的な二人組に見えて実は同一人物であるという、まさにFight Clubのようなストーリーが繰り広げられます。二重人格的に作り出した「自分の欲求を体現する人物」として、本人の押さえ込んでいる欲求がKという人物の形をなして傍若無人に振る舞いながらも主人公の望みを形にして行く、このキーポイントが映画に緊張感を与えながらも、観客を惹き付けるのです。更に私はこの映画は名優マイケル・ファスベンダーが、あの超絶に整ったご尊顔を晒さない!終始かぶり物をしたまま撮影した「Frank」という音楽映画にも似ていると思いました。この映画でのテーマとして「Authentic(本物であること)」が描かれていましたが、 才能もカリスマも無いのに「Authentic」を目指しているという痛さが、「Frank」で感じた痛さの数倍感じられたからです。

既に見たことのある映画と今回の映画を比較したり、またはこの映画が持つ独自性、そのような相違を見つけ出したり、色々と味合わせてくれる映画だったので、観賞後の満足感が高い映画でした。頭を使わずに誰もが楽しめる映画が「エンターテインメント」ならば、頭をフルで使い、全身全霊を持って映画を理解しようとかかる映画が「映画好きが最も満足感を得る映画」だと思います。

実際に最後の質疑応答でも「僕の解釈に間違いはないか?」という確認のような、監督の意思を汲み取ろうとした知的ゲームの答え合わせのような質問も出ていました。もし時間があれば、私も「二重人格映画の傑作Fight Clubは意識していたのか。その場合、どのような点で日本らしさ、またこの映画のオリジナル性をだそうと考えていたのか?」と質問したかったです。この「過去の映画を彷彿とさせながらも日本映画としての独自性を持っている映画」こそ、海外の観客を引きつけ、評価されるのだと思いました。

 

日本版のFight Club:ブラピ並みのカリスマ性はなくとも「飼いならせるギリギリの理性で産み出している自分を凌駕してくれる自分」とその行動で突き破って行く「日本社会では許されない行動」と「その行動の結果」を描いた、二番煎じではないキチンとした日本映画。

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いくらFight Clubに似ているストーリー展開と言っても完全にファイトクラブではありません。キーポイントとなる食材は同じでも、調味料は味噌と醤油。食卓にだって伊万里焼きの器に入れて出しちゃうような、ともかく日本臭がはっきりしている映画でした。全然「みたことあるわー」というガッカリ感は無い。

この映画、途中までは「相反する二人がコンビ組んでるのねー」と観客は見ていても、「あれ?段々おかしくないか?」と気づいてくる訳です。Kはいつも同じ服を着ているし、行動があまりにも傍若無人、その割には周囲の人があまり反応を返していないんです。そして車の持ち主であるはずの主人公が車を運転せず、主導権を握ることになる運転席にKが乗り込んで女性二人を家まで送り届けるとき、観客は違和感を覚えると思うのです。その後間をあけず、映画の結構序盤にもかかわらず監督は一瞬の映り込みで「あ、やっぱりあの場にいたのはKではなく本人だったんだな」と察しの良い観客と答え合わせをするのです。

映画の途中で映画のテーマや仕掛けに気づけるほど知的好奇心が刺激されることは無いですから、あとは「あ〜、今の表現はこう言う意味合いを含んでいるのかな?」と自分なりに更なる分析を加えながら鑑賞できるのですね。この映画では二重人格で作り出された別人格であると予想されるKは、主人公が調子がいいときは画面上にあらわれず、明らかに調子が悪いときにKの人格がメインで物語を動かして行き、その時は主人公が画面上に登場しないこともしばしばでした。Fight Clubのように最後にネタバラし大々的にするかと思えば、「そんなことしなくても分かってくれるでしょう?」という姿勢で、ラストは観客への最大限の投げかけを持って終了しています。

Fight Clubとの違いとして「欲望を体現する存在」が主人公のみに存在していたのに対し、この映画では関わって行く周囲の人の欲望も吸収し始め、Kという存在は周囲の人の行動にまで影響を与えて行く、という部分でした。また日本社会に生きる人々の「本音でコミュニケ—シュンが取れない」という日本社会独特の抑圧された状態が常に現されていたので、ただ殴ってスッキリ!カリスマいっぱいの男になれた!みたいなFight Clubほどのアクションや爽快感はなく、ゆっくり欲望が表面に出てくる、じわ〜とした気持ち悪さもある、例えるならば虫が孵化するような、あのような薄い皮が破れるような解放でした。主演女優さんも話していましたが「普通の人にとっては何でも無いことでも、このキャラクターにとっては大きな変化だった」ということ。日本社会で本音をいうということが、いかに抑圧されているのか、という社会構造も描いていました。一個人の問題ではないのです。

 

日本版のFrank: 「世に埋もれている才能の無さと強烈な自意識」を自信満々に曝け出す「Frank」と遠慮しながらも滲みだしてくる「三つの光」

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先にマイケル・ファスベンダー主演の「Frank」について触れましたが、この映画をもう少し説明すると、この映画は「可哀相なぐらい才能が無い適当なミュージシャン(気取りの)バンドに、ひょんなことから凡人である主人公が加わるが、唯一多少のカリスマ性を持っているFrankという男に強く惹かれる中で、主人公はこのバンドをネット上で拡散し、有名にしようと行動します。その行為によってバンドは知名度を得ることにもなりますが、同時にバンド自体に亀裂が入ることにもなり。。。」というストーリーです。甘いマスクのマイケル・ファスベンダーがバカみたいなデカ頭のかぶり物をしたまま演じたというだけで一見の価値がありますが、この映画私には「え〜?」ってぐらいに「なんだよそれ!」って思わされました。めっちゃ才能ないんですよ。でもすっごい自信満々にミュージシャン達がふるまうから、主人公の凡人は彼らが本物だと思ってしまうのですね。自意識過剰に音楽活動をして、実力とかはさておき自信満々!というちょっとした痛さがある映画なんです。でも自分を卑下する態度が無い分すごく気持ちがいいぐらいに「痛いな〜」と思わせてくれる映画なんです。

でも「三つの光」は登場人物達が一応の慎み深さを持っていて、ましてや「オレは才能があります!」なんてK以外は口にはしない。でもどこかしら「自分は特別な存在ではないか」と思う気持ちがある、それが透けて見える。その「私は、ちゃんとわきまえていますから。」という自衛のような予防線を先に張り巡らしながらも、Kの影響に乗っかって「出て行けるならば出てみたい」という自意識を出してくる。この「ハッキリ言わない」感じ、これが「気持ちが悪い自意識」で見ていても笑える感じも無いから「ものすごく痛い」と感じました。自意識を滲みだしてくる、と最初に書いていますが、この「察して欲しい」という姿勢、私個人としてものすごく苦手なんですけど、とっても日本ぽいですよね。ここが多分同族嫌悪になっちゃって、特にその傾向が強い女性陣のキャラクターには主体性の無さに一切共感も同情も感じ得なかったです。そこが無理で日本から出てきちゃった口なので。でもその分、日本らしさをめちゃくちゃ表現していたし、監督自身も「日本社会では本音を言うことが良しとされていないので」と質疑応答で観客に伝えようとしていたように、この映画でも重要な要素として描かれていたのだと思います。

 

この映画は「ベルリン国際映画祭正式出品作品」というラベルでどこまで広がって行けるのであろうか?

ぜひぜひ見て欲しいけれども、私だって二回は見ない映画です。疲れるし、もう、一回見ただけで充分胃もたれしちゃっていますから。「もう一回カッコいいブラピがみたい〜」とか思う爽快感があるFight Clubとは違うなあと思います。でも、この映画私の周りだけの反応だとすごく良かったんですよ!隣のドイツ人夫婦も「この映画のチケットが取れるかすごく焦っていて、会議室からこっそりスマホの小さい画面で苦戦しながら取ったの!」と言っていたし、イタリア人の友人も「面白い映画だった〜」と「先日のEl Barはまさにエンターテインメントだけども、映画として見るなら格段にこっちのほうが見応えがあるわ〜」と言っていました。拍手喝采とか、スタンディングオベーションとかそういう評価のされ方は無かったかもしれないけども、観賞後の満足感にみちたりてスッゴくお腹いっぱいになっていた観客が多かった気がします。劇場の雰囲気がリラックスできる空間とシートだったことも大きいかもしれないけれども。日本人としてみるには私同様に「同族嫌悪」とか感じて気持ち悪いと思うかもしれないけども、今まさに「抑圧された状態にある」のであれば、より繊細にこの映画を見ることが出来て、Fight Clubでは届かない憧れであったブラピでも、この映画のKであれば何らかの「届く限りの限界に手を伸ばす」感覚を感じることが出来るかもしれません。

 

池田良(いけだ りょう)と言う役者さんを覚えておきたい。

最後に、この映画の重要な役Kを演じられた池田良さん。この方は英語で言う「He was iachy to coming out!」という印象で、もう世の中に、世界に出て行きたくてウズウズしているというような役者さんでした。英語も凄く堪能で、投げキッスをした桐谷健太みたいに、観客とコミュニケーションをとろうとする姿勢が全面にあって、ものすごく応援したくなる俳優さんでした。独自の考えや個性が強そうで、そのままで活躍し続けて頂きたいです。すっごくパワーに溢れていらっしゃったので、今度は全く違う役柄でも見てみたいです。この人が出ているのであれば、その映画見ます。ハリウッドの「スティーブ・ブシェミ」みたいな癖の強い立ち位置になってもらいたいです。調べたら「恋人たち」という映画にも出ていらっしゃったそうな。昨年神戸のバーテンダーさんから「恋人たち、という映画が素晴らしいとの情報有り」というメッセージを頂いていたのを思い出しました。見とけば良かった〜

 

同じように女優マキ エミさんも今後の活躍が楽しみです。正統派の美人さんで、舞台でも堂々とされていて、「普通の人に見えるけれども内面では葛藤がある」という癖が強すぎるキャラクターに囲まれた中でも、押さえた表現で演技され、全うされていたのですごく上手い方だと思いました。この方も別の役柄で拝見したいです。

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右が マキ エミさん、左が池田良さん。

お二人には舞台挨拶後にサインを頂くことが出来ました。その際に少しお話しさせて頂けるチャンスも合ったのですが、マキ エミさん、もうとっても綺麗!大島優子さんみたいな綺麗な感じ。話し方も丁寧で、女性として憧れてしまうなあと思いました。

またKこと、池田良さんはたまたま劇場からロビーに出る道で一緒に歩いてお話し出来たのですが、もうめっちゃ良い人でした。「他にも沢山映画に出られているのですか?」と伺うと「今はまだあんまりかなー」とー言われていて「では今からの世界での活躍が本当に楽しみですね。」といえば「はい、お待ちください。」みたいな、言葉をへへへという笑顔と一緒に返してくれた。

※調べたらすでに今後もいくつかの映画に参加されるみたいです!※

2017年4月公開予定 奥田康介監督作品 「ろくでなし」

2018年公開予定 瀬々敬久監督作品 「菊とギロチン」

いいなー!見たい!これ見れる人がいたら是非感想教えてもらいたいです。

 

最後は「池田良さんのファンになりました。」的な文章で終わっていますけれども、書ききれないぐらいに脳みそを刺激してくれる、このような映画を鑑賞出来たこと。これこそがベルリナーレの醍醐味だなあと味をしめた夜でした。来年は日本映画だけではなくて、もっとヨーロッパの映画も見たいなあと思ったのでした。翌日に見た映画がルーマニアの「Ana, mon Amor」という映画なのですが、これみたいな映画を来年はもっと見ていきたいですね。では、次はルーマニア映画について書きます。

2017年ベルリナーレで映画鑑賞「EL BAR」 映画週間も折り返し地点!リメイクに最適なとってもスパニッシュなパニック・シチュエーションムービー!

Berlinale 2017 映画が好きすぎる。

ベルリナーレで映画鑑賞「EL BAR」

予告編から分かる、この「めっちゃ何かありそう!」な映画。そのまんま!めっちゃ何かどころか、めっちゃくっちゃ色々おこります! まだ日本語の予告編がないのですがスペイン語の予告編で。でも雰囲気はめっちゃ伝わるので、コレで良いかな〜って。

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折り返し地点で小休止。ベルリナーレ生活に慣れ始めてきました。

一週間映画館に通いまくるベルリナーレも折り返し地点。流石に毎日フルタイムで働いて(別にあんまり忙しく働いていないけれども)その後に映画館に走っていたら流石に体力にも限界が。。。と、思っていたら、今日はなんか調子がいい!月曜日はテンションで乗り切って、火曜日は「ちょっと風邪引いたかも」水曜日は「え、まだ水曜日なの?もう金曜日ぐらいだと思っていた」だなんて弱気になっていたのに、3日間も同じ生活パターンをつづけると、なんか日常になってくるんですね。今朝は3時間しか寝れていないのに普通に起床したし、仕事終わりの映画館もサクサク足が前に進みます。ベルリナーレ生活も今日で折り返し地点、4日目です。「オヤスミ、また明日劇場で!」と毎晩友人と別れる爽快さよ!素敵な生活すぎてニヤニヤしちゃいます。

職場でも毎朝「昨日はどんな映画を観たの?」という質問から始まるオハヨウゴザイマスが定着してきました。今日は「悪人」やら「夢売る二人」などやたらと日本映画界にも造詣が深いスペイン人の先輩が「この監督はね、結構スペインでも有名だよ。」とお墨付きで送り出してくれたスペイン映画を観てきました。「18:30〜の上映なのに、職場から映画館が遠いよ〜」と焦っていたら「ランチを30分早めに切り上げて、30分早く帰れば良いじゃない?」のステキ戦法を教えて頂き、(そんなことが可能なのか!)ランチにはリンゴを3つ(※リンゴ3つって、ハローキティーちゃんの体重と同じだって知ってた?)を齧って即お仕事に戻り、17:30には湯のみ洗って「行ってきまーす!」と職場を後にしました。皆さん、遅刻早退も日常茶飯事の職場ですが、業績は伸びているらしいから、ここはドイツ企業ってことでスルー。

 

ベルリナーレ休暇?ベルリナーレをベルリナーレたるものにしているベルリン市民がすごいよね。

ベルリン中の劇場を回っていますが、Friedrich strasseの劇場はもう3回目!普段は「THE ONE」という素敵なショーが行われている歴史ある建物が、ベルリナーレの期間だけステージに巨大なスクリーンを設置して特別な映画館になっているのですね。ベルリンの街全体でベルリナーレを盛り上げているこの感じいいですね!そして横に座った人たちと会話することになっても「昨日は何観たの?」「明日は何観るの?」と映画好きな人同士の会話で面白い。芸術やアートに関心が高い街に住みたいと思っていたけれども、望んだ環境に飛び込めたことを、改めて実感しています。劇場で知り合いに会うと、結構皆がベルリナーレ週間を送っているみたいです。それでも一日1本が通常で、映画館から映画館へ走り回るほど鑑賞するのはネクストレベルみたい。ガチ勢の友人とは「来年はベルリナーレに合わせて一週間仕事を休みにしようかと思う。」という「ガチのベルリナーレ週間」のアイディアが飛び出しました。「朝から映画みて、ランチして、また映画みて、珈琲飲んで、夕方にもう一本みたら夕飯食べて寝るの。」なんだそれ!めっちゃステキ!友人曰く「ベルリンではベルリナーレ休暇をとる人も少なくない」とのこと。スゴい街にきたもんだ。

仕事終わりに観れる映画の時間帯はだいたい18:30〜、21:00〜、22:00〜の3パターンで、22:00台の映画も2回見ているけども、ちゃんと会場がいっぱいになっているんですよね。これってスゴいことだと思います。ベルリン中で100以上の映画が10日間の間にそれぞれ4回ずつぐらい上映されているのに、ちゃんと毎回お客さんが入っていること。これは素晴らしい文化だと思います。

定時で仕事を終わらせること、映画を観に行こうと言う気持ちの余裕を持つこと、このベースが無ければ同じレベルの映画祭を日本で開催することは難しいかもしれない。そして友人と誘い合わせて映画を観に行けると言う、自分だけではなく他の人も当たり前に誘えるという社会、ベルリナーレを体感しながら、ベルリンでの生活をすごく噛み締めることが出来ています。無職じゃなく、仕事をしながらだからこそ逆に一層感じられているとも思いますが。本当に1ヶ月前の自分からは想像出来なかったですね。。。

 

リメイクされそううだな、と開始10分で思わせるエンターテイメント性の高い王道なパニックシチュエーションムービでした。

さて、やっとスペイン映画の話をします。簡単にあらすじを話しますと「とっても綺麗なお姉さんが颯爽と街中を歩いていますが、あれ?携帯の受電が切れちゃった。しょうがないから小汚いバルに入って充電器を借りようとします。色んな人が来たり出て行ったり。そのバルで少しだけ充電したら出て行くつもりだったのに、突然バルの外に出たお客さんが頭を撃たれて死にます!え!なんで!外から狙撃されているの?それとも中に殺人鬼がいるの?バルの中にいる10名ほどで疑心暗鬼になりながら、どうにか生き抜こうとするのですが。。。」というバルを中心にしたパニックストーリーです。

毎晩の映画鑑賞と、「Mr.Long」や「夜空はいつでも最高密度の青色だ」という癖の強いアート映画を観てきたばかりだからか、この映画のように「王道のエンターテインメイント」を観ると、純粋に映画自体を楽しんじゃって、なんかあんまり頭使いませんでした。ここが良いとか、ここが好きだとか、気付いたところもたくさんあったけど、昨日まで暗闇の中でミミズみたいな文字で書き残していたメモが、今夜はほとんど真っ白です。「バカいいやつ」が一番面白いメモでした。バカは、本当に良いヤツだったよ〜!バカはバカだからたまに腹が立つけれども、バカだからこそ大変なときでもシンプルな思考回路で物事を判断してくれたりするからバカで良いヤツは危機的な環境下で一番真価を発揮する、とまで行っても過言ではないかも。日本版でリメイクするならBarで働いている小太り中年のバカな男役は誰が良いかな?ちょっと若すぎるけれども濱田岳さんかな?そのバカ男をこき使うオバさんは泉ピン子さんとか良いかもしれない。でも泉ピン子だと鬼婆感がハンパ無くなっちゃうから、スペインのオバさんが持つ「ちょっと母親臭い何となくの優しさ」を出すには、寺島しのぶさんかなあ?リメイク版を考える時、キャスティングを考えるのがものすごく面白いですが、ついついリメイク版のキャスティングを考えたくなるような、それぞれキャラ立ちしまくった映画でした。初日のスペイン映画も同じだったけど、これはスペイン映画の特徴なのでしょうか?

 

スト—リーは単純。驚きとスリル沢山の展開は王道。説明しすぎない脚本と演出が緊張感を高めてくれるので、友人とワー!キャー!言って楽しむにはもってこいな映画です。

ほんのりグロくてバイオレンス、少しエロくて怖い、でも気まずくなったりするほどの物じゃないので、成人した大人同士であれば家族で観ても面白いと思います。このひっちゃかめっちゃかでどんでん返しのようなテンションが常に興奮状態になる脚本と演出、昨年観た「人生スイッチ」を思い出しました。あれもスペイン系映画だった気がする。

それにスペイン気質満載の行動に会話、スペイン映画でパニック映画やると、皆がカッコつけたりしないで人間臭いことするからアッサリしていて見やすいなあ。なんか本気で嫌な気持ちになるぐらい、芯の芯までクソがいない。良い意味で表面でいきていると言うか。その場とその時をいきている感じ。日本映画だったら、これ開始30分は腹の探り合いと心理戦で、表面的な行動が現れないのではないかと思いました。国民性かな?そんで日本映画だったらガチで気違いでエグい、精神的に嫌悪感を覚えるキャラクターとか出てきそうだから嫌だなあ。このようなストーリーはスペイン辺りの国民性が一番良いのかもしれない。ハリウッドでリメイクになったら、やたらとヒーローをいれたり、ヒロインの為に犠牲になったり、とにかくワザとらしい演出が増えそうだからきっと、結局は「オリジナルが良かった」となって、リメイク後に再評価されたりするんだろうな、と妄想からブーメランでやっぱり良い映画だったと結論がでましたね。

 

ベルリナーレ素敵!協賛企業のロレヤルが超使い心地がいいリップをくれました!

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今日は映画に関する写真を撮っていなかったのですが(どれだけベルリナーレが日常になってきているかが分かるね!)上映後に会場のロビーで協賛企業のロレヤルがリップを配っていたので喜んで貰ってきました。普段使わない色だったけど、使ってみたら伸びもいいし、色も綺麗だし、すっかりロレヤルのファンになりそうです。キャンペーンのお姉さんに「先日ベルリナーレのお土産コーナーで売っていたロレヤルの赤いネイルを買ったんだけど、色がスゴく綺麗で超気に入っているんだよね!」と話したら「えー!じゃ、コレもあげるよ!」ってネイルまで貰いました。私、小さい頃から普通は一つだけ貰える飴とかを「わー、美味しそう!」とか担当者の前でスーパー喜んで、自然にもう一つ貰っちゃう子供でした。すみません、そのまま素直に生きてきました。ロレヤルさん、ありがとうございます。

 

日本では3月27日公開!タイトルは「クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的」

さて最後に映画の話に戻りますと、私の恋人「映画.com」さんの情報では、こちら「シネ・エスパニョーラ2017」という何ともスパニッシュな感じで日本でも上映されるみたいです。シネマート新宿、シネマート心斎橋で開催予定だそうな。全国上映ではないのかな? 東京在住で「最近なんかむしゃくしゃするな!」ってやさぐれ気味の人は、この映画でも観に行って「ヒャッハー!」って気持ちになれば良いと思います。シネ・エスパニョーラの公式サイトはこちら⇩

www.albatros-film.com

のっけから「お前を殺してお前の肉を喰ってやる」『ザ・レイジ 果てしなき怒り』とか痺れますね〜 スペイン映画にハマりそうです。

 

 

 

 

ベルリナーレで映画鑑賞「夜空はいつでも最高密度の青色だ」東京砂漠という記号がこれほど当てはまる閉塞感で窒息しそうな映画は無い。

Berlinale 2017 映画が好きすぎる。

ベルリナーレで映画鑑賞「夜空はいつでも最高密度の青色だ」

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人生の節目節目で出会う、影響を与えてくれる映画ってありますよね。

まず何より、この映画は私に取ってとても個人的な映画となりました。映画で一貫して描かれていた「閉塞感と生き辛さ」は私も日本で感じてきていたことだし、そこから出てみたくてドイツまで来たので。就職も決まって、ここでの新しい日常が出来上がってきている最中に、なんだかタイムリーと言うか、原動力を再確認させてくれた映画でした。そして舞台挨拶後に、今まですっごく尊敬して作品も見てきた俳優である池松壮亮さんにもお会い出来たこと。この映画祭で一番忘れられない映画はまさにこの映画です。

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チケットの売れ行きとしては、若干買い易い印象で、当日でのネットでも買える程だったので注目度が低いのかと思えば、同日の会場では平日夜の22:00からの上映にも関わらず、会場オープン前から長蛇の列が出来ていてベルリン市民の映画への関心度の高さに感激しました。上映前の会場もお客さん2階席までギッシリでした。 

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身体の芯から震える、日本社会の息苦しさとそこに生きる若者を描いた作品。

この映画は最果(さいはて)タヒさんの詩集をベースにストーリーを載せて映画化したこの作品、で閉塞感と息苦しさの中で辛うじて生きている若者のある意味ラブストーリー。「昼は看護師として働いて、夜はガールズバーで働いているミカ。建設現場の日雇いとして生きる片目が不自由なシンジ。それぞれ孤独を抱えながら東京で生きてきた二人が、偶然にも何度も出くわす、というキッカケで交流を深めて行く」というお話です。役者さんも豪華で、特に重要なキャラクターとして出てきた松田龍平は存在感があって、彼を初めて見たイタリア人も彼を気に入っていました。画面の色は美しく、とくに夜空をネオンで表していた部分は何度観ても「わ〜」と救われるような想いがしました。俳優さんも全員味があって、とくにシンジ役の池松さんとおじいちゃんとの交流の部分は、東京で生きている命を一番感じさせてくれました。

 

同じ大都市でも東京とベルリンは違う。何故日本では「生きているだけで申し訳ないのか」

この映画は「閉塞感、生き辛さ」が一貫して描かれていました。生きているだけで肩身が狭い、そんな印象を受けました。先月の私は、仕事が決まるまでベルリンでは貧乏生活をしていて、それこそ外食は数えるばかりだったし、なんだったらお金のことあって外出すら控えるようになっていたけれども、それでも生きていることに申し訳なさなどありませんでした。確かに仕事がなかなか決まりそうにない時、路上の物乞いのオバさんや、道端の空き瓶を集めて回るオジさんを観た時「もし、このまま仕事が見つからなければ何をやっても生きて行かなければならないのだから空き瓶拾いは選択肢に入るのだろうか」とまで考えたことはあります。それは仕事が無かったからで、減り続ける貯金に恐怖して結構限界まで追いつめられていた心境だったかもしれません。でもこの映画の主人公達はどんな形であれ仕事をして、家賃を払って生活をしている、誰に迷惑をかけるでもなく、しっかりと自立している。それなのに、何故に東京、日本ではここまで生き苦しいのか、閉塞感に苛まれているのか。お金がない、スーツの仕事ではない、それだけで人間は生きている価値はないのか。それでも生きていたい時、僅かなお金を稼いで生きることは恥ずかしいことでしょうか。生きているだけで肩身がせまい、そんな気持ちにならなければいけないのか。東京では人が沢山いるのに、爆音に包まれていても強烈な孤独を感じる人が多いように描かれていました。観ていてとても辛かったです。ベルリンではお金がないと「ハッキリお金がないから」と言える。そのかわりに安いケバブでも食べに行こうとなる。何かに挑戦している人が多い街だからか、お金がないことはあまり恥ずかしいことではありません。ましてやお金がないから生きていることが申し訳ないとか、恥ずかしいとか、そういう風に卑下している人はあまりいないと思います。この映画で日本と言う国は「仕事がないと生きていけない国だが、仕事があれば生きていける国でもない。仕事と誇りと何か社会に誇れなければ生きていけない国」と言う風に映画で描れていました。

 

「金がなければ恋愛だってできない」でも愛が無ければ生けても行けないみたい。

ガールズバーに行く主人公達が「俺たちみたいに金がない男は相手にされないさ」と自嘲的に笑っていました。でもお金がなくても「今、コンビニの女の子に恋しているんだ」「それだけで人生捨てたもんじゃない」とも言う。金金金だ!という世界で、それでも愛さえあれば人生が変わる気がする、そんな心境が描かれていたのはもの凄く救いでもあり、痛々しかったです。だって「愛」がとても空虚で、誰も自分が口にする「愛が何か」なんて分かってもいないみたいだったから。見えない空気みたいなものに押しつぶされながら、結局は金が全てのような価値観の中で生きて、心のどこかに金と言う呪縛から解き放ってくれる「愛」みないなものに憧れだけを抱いている。東京と言う街では誰もが「愛」という存在を軽んじているのに、「愛」というものが『金』を上回る絶対的な何かを秘めていると信じている。苦しい現実から希望にもみた夢を見ているみたいで哀しかったです。

ヒロインの石橋静河さんは影があるキャラクターだけども、池松壮亮さんら建築の日雇い労働者達と比べると看護師と言う仕事がある分、どこかまだヘルシーさがあって、画面に明るい要素を入れてくれていた思いました。でもそのヘルシーさと同時に、自分を痛烈に卑下していて闇が深いとも感じました。他人を批判しつづけて、最後に一番自分を批判する。性に奔放そうな行いもすれば、そんな自分をやっぱり卑下している。女性は「金」という要素への強い執着を描いてはいなかったけども、自分でお金を稼ぐようになったからか「愛」への希望がすごく薄くて、その分希望が見えなくて辛そうでした。それでも最後はミカとシンジの何かしらの希望が見えたし、閉塞感に満ちている映画なのに、希望も随所に埋め込まれている。清濁併せ持った東京で、生き苦しさと閉塞感の中で生きて行く日本の若者達を描いた映画でした。

ちょっと間延びもするし、見づらい映画。外国人に囲まれて劇場で、日本の空気感や東京という街を知らないと、この閉塞感やその中で手にする希望の温かさと儚さは分かりにくいのではないかとも思いました。

 

観賞後の質疑応答で見えた、日本人と外国人の感じ方の違い。

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上映前は「今回は石井監督がお越しになっていますので、上映後に質疑応答を行います」とのアナウンスがありました。私はそれだけでもかなり嬉しかったのですが、実際には「俳優達もきておりますので。」と池松さんと石橋さんが壇上に上がられたときは心臓が止まるかと思うほどに嬉しかったです。体温5度ぐらい上がったと思います。

この映画祭での質疑応答の場に居合わせるのも人生で初めてだったのですが、質問は本当に映画ファン、プロの記者ではない方々が手を挙げて質問をしていて面白かったです。まずは欧米人がバンバン手を挙げて質問をして行きます。彼らは質問慣れしているのか質問を整理するのは上手いのですが、一回に質問を3個したり多いのが特徴的でした。日本人は遅れて手を挙げます。そしてまず何故にそのような質問をするか説明してから、最後に質問するので質問までが長かったです。

欧米人は日本社会の構造を質問して、日本人は監督の意図を聞く質問が多かったです。例えば「日本では貧困の若者や失業者へのセーフティはないのか?」というような質問があり、石井監督は「制度としてあるにはあるけど、不正申告もあるから検査が厳しくなっている。また日本人独特の見栄もあって申請しにいかないこともあるんですよ。」と答えていました。確かに、経済的に発展しているはずの日本にも関わらず、ここまで閉塞的な社会を見せられたら「なんで日本なのにここまで大変な暮らしぶりなのか」と聞きたくもなりますよね。信じられないとも思いますし。

 

一生に一度の機会だと思って、私も質疑応答に手を挙げて質問してみました。

他の方が質問し、監督と直接会話をするのを目の当たりにしながらずっとムズムズしていた私。友人に「こんな機会は無いから是非質問しなさい。」と励まされて、最後の最後で質問させてもらいました。まず、22時上映にもかかわらず来て下さったこと、そして質疑応答の時間までつくって下さったことに感謝しました。(もうコレが一番言いたかったかもしれない。)

そして「東京の生き辛さや閉塞感を描かれていましたが、この閉塞感や生き辛さは、それぞれのキャリアで成功しても、今なお感じますか。それとも監督や役者としてのキャリアが成功するに連れて、生き苦しいさは薄まりましたか?」と質問しました。

まずは池松さんが答えて下さりました。「成功の是非は生き苦しさの問題には直結しない。今だって、まだ生き苦しさはあるし、東京では映画だってドンドン取りづらくなっていっています。」とのこと。石井監督は引き継ぐように「付け加えになりますが、日本は拝金主義で、金さえあればの風潮が強い。成功の道筋も、昔ほど分かりやすくはなくなったから、どこに行けば良いか分からないという苦しさは拭えないんだ。」という主旨の言葉を言われました。

成功しても尚生き辛さは感じ続けている、という言葉にすごく胸が苦しくなりました。この映画を自分事に感じない、自己を投影しない人は幸福だと思います。

ベルリンと言うワークライフバランスが当たり前の大都市で経済的にも安定して生活していたらこの映画は芯まで共感しにくいかもしれません。共感しにくいからか、折角監督や俳優とのインタビューの時間があるにもかかわらず、上映後の退席者は多く、最後まで残った観客は半分ぐらいでした。平日で、かつ時間も深夜を過ぎていたので仕方が無いことなのでしょう。それでも嫌な顔もせず、監督さん、俳優さん皆さんとても受け答えが誠実で、丁寧で、この映画をドイツまで届けてくれていたことに感謝です。そして大変だろうけれど、やはり監督や主演俳優が上映後にお話をして下さるのはもの凄くいいなあ、と感じました。映画への理解度や思い入れが更に深まりました。

 

日本公開は5月!息苦しさに藻掻いていたら共感してしまう、したくないけどどこかに自分を見つけてしまう映画です。閉塞感の中に希望もあります。

東京・新宿ピカデリー、渋谷ユーロスペースで5月13日から先行公開、5月27日から全国公開されることが決まっているとのことです。公式サイトはこちら ⇩

www.yozora-movie.com

 

欲を出して、最後に池松壮亮さんにサインを頂いてしまいました。本当に緊張しましたが「ラストサムライに出られていた時からファンでした。」と言うと、嘘っぽく聞こえたのかちょっと笑われてしまいましたが、今後も応援していますと、伝えられて良かったです。19日の授賞式までは残れないとも言われていましたが、少しでもドイツ滞在を楽しまれていてくれたら良いなと思いました。また石橋静河さんにもサインを頂けたのですが、整った顔立ちなのに、すごく良い意味で普通の女性で、自然体ってこんな方なのかなと思いました。舞台挨拶での彼女は全て英語で受け答えをしてくれて、通訳のタイムラグの無い直接の言葉を届けてくれたのは、すごく有り難かったです。

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池松さんに頂いたサイン。感激です。石橋さんのサインはチケットを取ってくれた友人の住所横だったので、カードで隠させてもらってますが、熊さんの下辺りに書いて頂きました。

最後に、勝手な印象ですけれども、今回の池松さん、喋り方も、しぐさも映画そのままでした。テレビで見るインタビュー映像の話し方と同じで、朴訥としていて、お疲れかもしれないけども対応はとても丁寧でした。Mozuとかで俳優としての知名度も実力も世間に知れ渡っているし、近年の活躍はすごいです。それでもことごとく、大作とか話題以外の映画にもでている。池松さんが口にした「映画が取り辛くなっている」その真意は何だろうか。丁寧に、真面目に映画を作っている当事者としての言葉だったと思う。成功していても、いまだ藻掻き続けている部分もあるのでしょうか。本音を少し、聞かせて頂けてすごく嬉しかったです。届かないでしょうけれども、心の底から有り難うございました。私がベルリンまでやってきた意味を、もう一度最初から考えさせて頂く映画でした。

 

2017年ベルリナーレで映画鑑賞「彼らが本気で編むときは、」希望としての理想的なハッピーエンドを提示するだけで大いなる意義がある。トランスジェンダーを考えるため入門映画として傑作映画!

ベルリンで就活 Berlinale 2017 映画が好きすぎる。

ベルリナーレで映画鑑賞「彼らが本気で編む時は、」テディー賞、審査員特別賞を受賞!

18日の金熊賞などの授賞式に先駆けて行われた、17日テディー賞授賞式にて審査員特別賞を受賞されました。これはLGBTに関する映画に対して与えられる賞です。萩上監督、本当におめでとうございます!

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 異例の2部門での上映。丁寧に作られた、優しくて温かなストーリー。

「母親に育児放棄され少女トモは、叔父であるマキオの元に行く。久しぶりに会ったマキオはトランスジェンダーの恋人、リンコと住んでいた。初めは戸惑うトモであったが、だんだんリンコの優しさや、マキオと3人の温かな共同生活で柔らかな笑顔を見せるようになって行く。」

タイトルにもある「彼らが編んでいたのは何か」というポイントは結構グッと来るテーマがあったし、彼らが編む、行為そのものが祈りにも似ていたし、また治療でもあり、一緒に編み上げて行く過程に何度も泣かされました。

映画.comでは、同作品が「第67回ベルリン国際映画祭のパノラマ部門とジェネレーション部門に正式出品されることが発表された。当初はパノラマ部門のみに出品申請をしていたが、同映画祭のプログラムディレクターの目にとまり、「ティーンエイジャーに見せたい映画」との理由で、異例の2部門での上映決定となった。」とありました。

⇩ここで簡単に部門の紹介をしときますね。私の理解はこんな感じ。

コンペティション部門

世界中から優れた映画作品が集められ、最優秀賞である金熊賞などが授与される。

パノラマ部門

コンペティション部門からは外れたものの優れた作品を上映する。

ジェネレーション部門

ジェネレーション部門は児童や若者に照準を合わせた作品を扱う部門。

 

プレミア上映ではないのに舞台挨拶!萩上監督に生田斗真、桐谷健太、主演キャストが上映前に挨拶をしてくれました。

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今日の会場はベルリン動物園に近い、Zoo Palast1 でした。

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会場に入る前から、分かる「誰か来るんだな!」という雰囲気。日本人のファンや関係者がレッドカーペット周りに集まっています。やはり生田斗真さんのジャニーズ文化でしょうか、ベルリンまで追っかけのファンが「TOMA」の団扇まで持って待っていたのには驚きました。スゴいですね〜 イタリア人にジャニーズファンについて説明すると更に驚いていました。

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上映時間が近づくと、なにやら入り口辺りがザワザワしています。あ!生田斗真さんだ!そして桐谷健太さんも入り口前に待機していました。

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そして期待が高まった時、監督を初め、子役の柿原りんかさんも一緒に入場されました。そして舞台に上がって観客に向かって挨拶をしてくれます。最前列に座っているジャニーズファンの皆さんは、もう映画を如何に楽しむかと言うよりも、生田さんを目の前で見る為なのでしょうね。映画中は絶対に首が痛かったはず。

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舞台挨拶では、生田斗真さんは全て英語で挨拶をされ、かつ英語が上手くてすごく聞き取り易かったです。続く桐谷健太さんはのっけから投げキッス!日本語バリバリでいい感じに観客の心をつかんでくれて「日本人の役者にも面白い人がいるのね〜」という明るい印象をつけてくれて嬉しかったです。外国なので英語で挨拶してくれるのも嬉しいですが、日本語を勉強中の友人はやっぱり日本語も聞きたいですからね。そんなファンも多かったと思うので、彼の日本語バリバリの挨拶はかなり好感度が高かったです。しかし、最後のりんかちゃんが「Ich heisse Rikan.」と一生懸命ドイツ語で話しだした時には、もう会場中から「Wow~♪」の歓声と拍手が!まだ小さい女優さんが下手でも、不完全でもあえて現地のドイツ語で挨拶をしてくれるのは現地の観客には嬉しいことです。やはり語学には一気に距離を縮める力があるのだと思わされました。でも、これも先に桐谷健太さんが日本語で挨拶をしていたからこそ、りんかちゃんのドイツ語が更に生きた気がします。すごくいいバランスで言語を選んでいらっしゃったなあ、という勝手な感想でした。

 

「テディー賞」受賞!LGBTを題材にした優れた映画として評価された、教科書的な映画でした。

観賞後は、イタリア人の友人とは完全に「She was good.」と生田斗真をSheと女性名称で読んでいました。それぐらい素晴らしい演技でした。影が見え隠れする瞬間もあるのだけれども、理解ある職場や恋人、また母親に囲まれて生活するトランスジェンダーの生田斗真。もちろん社会としての差別的な反応として「あの人は普通じゃないの」と言って退ける他の子供の母親役の小池栄子や、子供の悪意ある反応だったり、公的な場での扱いだったり、差別も描かれているんです。

でも、映画自体はものすごく肯定感にあふれていて、LGBTであろうとも社会には確実に居場所があることを明確に描いていました。理想的だと言われようが、美談でまとまっていようが、ご都合主義であろうとも、なんだっていい。それ以上に生田斗真だったら美人すぎて女子でも勝てんわ!みたいなトランスジェンダー間で美醜のピラミッド作ったら頂点!みたいな存在がトランスジェンダーの一例として描かれているのも、この際全然オッケー!(リアルを追求するのであれば、桐谷健太と生田斗真が配役を真逆にしたら良い。そしたらリアルなトランスジェンダー感が出ると思う。)でもこの映画の意義は、思い切りにでも「理想的な世界、生活」を提示すること、その一点に尽きると思う。誰だって希望が欲しいし、その希望は手が届く物であって欲しいから。

 

トランスジェンダーの苦しみを描きながらも、苦しみ以上に希望を描いていた。希望を提示して行く必要性を、今月頭のニュースから考える。

「私の娘は胸をかきむしって自殺した」そんな記事を2週間ほど前に読んだ。

2月3日に掲載されている、朝日新聞デジタルの『「この体が嫌なんよ」胸かきむしり嗚咽、命絶った我が子』という記事を読んで頂ければ、この映画が如何に理想を描いているかは見て取れると思う。トランスジェンダーと言っても、このニュースの場合は「女性の身体で生まれた男性が、胸があること、性別の違和感に苦しんだ」ケースだ。この方は悩んだすえに、哀しいことに命を絶ってしまった。

http://www.asahi.com/articles/ASK227GYSK22PITB011.html

セクシャルマイノリティーの子供の自殺率は高い。日本だけではなく世界中で考えて行くトピックである。子供でなくとも、何歳になろうが「普通ではないこと」は「普通であること」をなによりも求める日本社会においては大きな苦しみとなる。そこで「トランスジェンダーは差別で苦しんでいる」「悩んで傷ついて、それでも生きて行く」そんな哀しく、苦しみばかりのストーリーを見せられても正直しんどい。でもドラーグクイーンのようなショービジネスでの華々しいサクセスストーリーも、浮世離れしていて誰もが目指せる道ではない。

この映画では身近で、手が届く範囲のお話として、そして高望みはしないけれども、ほのかな幸せを感じて生きて行けるぐらいには温かな生活を描いていた。リンコの職業は老人介護施設の介護士である。そこでは女性と同じピンクの作業着に身を包んで、女性として職場でも働いている。差別を受けても変わりに怒ってくれる人がいる。苦しんでも、一緒に泣いてくれる人がいる。傷ついても一人じゃない、大切な人と生きて行く。そんな希望を与えてくれる映画でした。

誰だってこのトピックの当事者となりうる。LGBT本人、その親、兄弟、そして友人や、担任の先生になりうる。つまり、「きっとクラスに一人はいる」「会社の同じオフィスにもいる」そんな身近にかならずいるセクシャルマイノリティーの人達に意識を向けるのであれば、誰もが当事者となりえるのだ。そして当たり前のことと感じて、彼らの想いや生活を、テレビの「オカマ」というキャラクターではなく、派手さも無い普通の、ごく当たり前の生活を観てくれたら良いと思う。だからこそ、この映画はパノラマ部門でありながらも、異例のジェネレーション部門にも、2部門同時での出品となったのでしょう。

 

映画好きの為の映画ではなく、広く鑑賞される為に丁寧に作られた素晴らしい映画でした。

映画としては泣けるし、演出も面白いし、俳優さん達は綺麗だし、「彼らが本気で編むときは、」というタイトルの「何を、何故編むのか」そんなテーマが一貫しているところも素晴らしい構成だったと思います。でも、「どこかで観たことがあるストーリー展開」であったり、「まあトランスジェンダーっていうトピッグを別の社会的テーマに入れ替えても成立しそうな、よくあるハッピーエンドの人間ドラマなストーリー」であったとも言える。次の映画館へと向かう電車の中で「どの日本食もお美味しそうだったね」と映画に出てきた天ぷらそばの話をした後は、友人と「どこかで観たことがある」感じは否めないと話しました。昨夜のMr.Longのように、「何日寝ても頭にこびりついて離れないシーンがある」みたいな爪痕は残して行かない映画です。でも、トランスジェンダーを描いた日本映画としてすごくいい教材だと思う。だからこそワザと生田斗真と桐谷健太を逆に配置したりしないで、観客が抵抗無く鑑賞出来るように作られた映画だと思う。入り口を拡げると言う意義を考えれば、ここでリアルを書く必要はなかったし、当事者に生きて行く希望を提示する意義を思えば、ご都合主義でもなんでもいい。理解者が一杯、幸せな生活とハッピーエンドでいい。

理解者や同じ悩みを抱える人に出会いにくい社会に置いて、手が届くかもしれない希望を示すことが何よりも大切だからです。

 

日本公開は2月25日!仕事帰りに、週末に、映画館に行きませんか?

上映前に挨拶があって、上映後には観客らの拍手に応えて再び立ち上がって挨拶くれた。それだけで充分観客に答えてくれたし、すごく印象が良かったです。遠いベルリンまでメインキャスト3人が来てくれたことはスゴく嬉しいですね。何度も丁寧にお辞儀をしたり、萩上監督を始めキャストの皆さん素敵でした。

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この次に続けてみた日本映画でも字幕に関して記載するつもりだけれども、今回の映画はストーリーが分かり易く、会話の表現も全世界に通じるような観念と感覚で成り立っていたので、英語に訳されていようが、問題なく外国人も理解出来たし、日本語ネイティブが感じ取る世界観との感覚にギャップはなかったと思う。

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映画鑑賞後には「パノラマ部門の作品を評価して下さい」という投票用紙を頂きまして、友人とともに投票してきました。もちろん満点つけときました!

 

二度あることは三度ある?桐谷健太さんにもう一度会える気がする件。

最後に、個人的なことを記載すれば、実は桐谷健太さんを見るのは今回が2回目。ベルリンに来る前に住んでいた、沖縄の石垣島にて行われた「つんだみライブ」という野外音楽イベントにスペシャルゲストで来て下さっていたんですよね。auの浦島太朗役で披露していた、BEGINさんが作曲した「海の唄」を歌ってくれました。歌もうまいし、その時もラップを披露して下さったり、本当にサービス精神が強い素敵な俳優さんですね。しかしまあ、石垣島にベルリンで会えたってなんやねん。きっとまた会えるのではないかと勝手に期待しております。では、友人に教えてもらった「二度あることは三度ある」のドイツ語「Alle gute Dinge sind drei.」を書き残して終わります。

 

ベルリナーレで映画鑑賞:「Mr.Long」日本人監督作品ではあるが4カ国共同製作作品であり、日本人監督作品として唯一最高賞である金熊賞を受賞する可能性のある映画。観客の反応がめちゃくちゃ良かったです!

ベルリンで就活 Berlinale 2017 映画が好きすぎる。

※昨夜の授賞式では残念ながら受賞を逃しましたが、良い映画であることは変わりないです。SABU監督、またベルリナーレ来て下さい!※

 

ベルリナーレで映画鑑賞「Mr. Long」

こちらの映画、まだ予告編が出回っていないのでベルリナーレで唯一公開されている映画の一部の映像を。殺し屋と少年の交流のシーン。主人公の言葉少なの交流はこの映画の特徴でした。

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SABU監督って誰だろう?俳優でもあり監督でもある、実はベルリナーレと関係が深かった日本人監督です。

監督作品としては2011年の「うさぎドロップ」や堤真一を主演にした1996年の「弾丸ランナー」などがあり、俳優としては日本では既に公開されているマーティン・スコセッシ監督作品「沈黙—サイレントー」にも出演しているとのこと。この癖のある顔はもしかしたら別映画で観たことがあったかもしれませんが、今まで印象には残っていませんでした。 ベルリナーレと縁が深い監督さんらしく、コンペティション部門には2014年にも松山ケンイチ主演の「天の茶助」で出品していて、今回で既に二回目のコンペティション部門出品なるようです。フォーラム部門やパノラマ部門にもずーっと出ていたようなので、かれこれ20年ぐらいベルリンに通っていると時事通信芸能動画ニュースでの取材で答えていました。(1:00後ぐらいにSABU監督のインタビューがあります。3:30ぐらいから映画のワンシーンも見れるのが嬉しい。)

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日本人監督作品としてはこのSABU監督のMr.Longだけが唯一のコンペティション部門参加となっています。つまり今年、金熊賞を取る可能性がある唯一の日本映画なんですね。しかも事前に何の打ち合わせもしていなかった時点でイタリア人、またアフガニスタン人の映画好きな友人に見たい映画リストを貰った際、どちらの友人もこの映画を含めていました。私は無知でしたが、彼の作品は海外で一定の評価を得ているようでした。※映画祭で知り合った映画好きのドイツ人女性も「今のところ一番良かった映画はMr.Long!」と言っていましたから、反応の良さからは受賞に期待も出来るのかもしれません。

 

アジアを舞台に描かれる「ある殺し屋のストーリー」。

今回の作品「Mr.Long」は主演に台湾人俳優チャン・チャンを迎え、撮影は日本と台湾で行われたとのこと。日本語、台湾語、中国語の3カ国語が混じり合い、孤独な殺し屋ロンが東京でのミッションに失敗したことから、ヤクザから逃れる為に都心から離れ、その土地でドラッグ中毒の台湾人女性とその息子、またその地域の人々と交流して行くストリートなっているようです。

 

会場を埋め尽くす観客。チケットは全ての上映が即日完売の注目度の高さ。

この映画もFriedrichstadt Palastで見てきました。平日の22時からの上映にも関わらず、開始1時間前にして長蛇の列!昨日の興奮を引きずっていた私はクタクタだけども1時間前には列に並びます。かなり前に並ぶことが出来たので、会場ではスクリーンど真ん中の素晴らしい席を確保することが出来ました。

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この映画は2時間以上あるのですが、どのシーンも惹き付けられて眠たくなったり集中力が切れることがありません。「面白くなかったら席を立って帰ってしまう」こともあると聞いていた映画祭ですが、途中退席者も(観ていた限りでは)おらず、上映が22時からで終了が深夜を過ぎていたにも関わらず、エンドロールまで観てから帰る人も大半でした。

正直、見る人を選ぶ映画だと思うし、万人に「面白いから勧めるよ!」と言った類いの映画ではないです。救いようのなさとか衝撃的なシーンとかを考えると、「そこのみにて光り輝く」とか「共食い」とかのどうしようもない社会の生活描写に耐えられないとキツいと思います。さらに、この映画、驚くことにコメディーな要素も含まれているんですよ。観客もしっかり笑うし、中盤では「ああ、この映画すごくホンワカしているねえ〜」と和んでしまうシーンも多く、「畳に染み込んで消えない血液の染み」みたいな陰気さと、釣瓶さんの「家族に乾杯」みたいな明るさを同時に観ても同一映画として消化出来る人じゃないと、落差ばかりのストーリー展開を処理しきれないかもしれません。それぐらい入りと出口と途中の寄り道の景色が違いました。ストーリーはご都合主義なところもあったりしたし(アクションシーンが特に)、演出としても「え〜?」なシーンもあって、観客は素直にそのまま失笑していました。とっても緊張感があるはずのシーンなのに、コミカルな動きとかが出てしまっていたんです。でも、それが何度か繰り返された時、「あ、実際の世界も作り物の映画みたいにカッコ良くはないから、真剣なのに動きはコミカルって実はあり得ることなのかもしれない。」と気づかされました。「カッコいい演出の映画」を観すぎて、カッコいいストーリーや演出を見慣れてしまっていたけれども、現実では複合的に物事が進むこともあるし、失笑してしまったシーン(冒頭のリンチシーンで、転げて逃げるところです)のように格好など構わずにギリギリで次に繋がって行くこともあるのだと思いました。

 

映画としての完璧さよりも「確実に爪痕を残す映画」そして観賞後、頭から離れないシーンが多発する、エネルギーに溢れた映画でした。

ここまでだと映画を褒めているのかけなしているのか分からないですけど、私の中ではこの映画はもの凄く好きですし、映画好きの友人にはめっちゃ勧めたいです。とにかく絵が綺麗です。エンドクレジットで「スチール:レスリー・キー」とありました。あーね、あの写真家さんが関わっているのであれば、やたらと絵になりまくるシーンが多かったのも頷けます。そして台湾の俳優さんがすごくいい。主演のチャン・チェンさんがほぼ喋らないのにずっと感情豊かなんです。別に無愛想でも感情が無い訳でもない。コミカルなシーンでは無理矢理にでもその場に参加しようとしているんですよ。変なシャツ着せられたり、変な人にハイタッチさせられたり。メインの殺し屋であるロンも、ドラッグ中毒になっていた母親のリリーも、この映画のストーリーの、その前の前にもストーリーが透けて見えるので、彼らが背負っている絶望の深さも、そこから這い上がろうとする涙ぐましい前進も、全てが息苦しいぐらいに伝わってきて。一緒に嬉しいからこそ、一緒に苦しいし、絶望します。どんな時でも、どんなに痛めつけられても、それでも人と関わって生きて行こうとする強さやしなやかさは台湾の人、独特の人間らしさかもしれないとも思わされました。日本人だとひたすら悲観してしまったり、感情を無くしてしまいそう。この映画は台湾人が主役ですごくあっていたと思いました。

 

素晴らしい俳優さん達の中で一番印象に残った俳優は子役、Runyin Bai。

何故か日本のメディアでは監督よりも出演している日本人俳優の青柳翔さんがよくフューチャーされていたのは気がしたのですが、日本ではもっと監督に注目が集まっているのかな?日本人俳優として重要なキャラクターを担っていたケンジ役の劇団EXILEの青柳翔さんですが、もうEXILEとか偏見はつけずに観たら良いと思いました。普通っぽい男性で、すごく役柄に合っていましたし、とても良かったです。「この人の子供だから必死で産み育てたいと思うんだろうな」と納得させるぐらいな男性を演じていました。今後もっと活躍されるのでしょうね。

でも、私がこの映画で一番印象に残った俳優さんは、主演のチャン・チェンよりも青柳翔さんよりも、誰よりも!子役の男の子、Runyin Bai。この子はスゴかった。一重の切れ長な目が、全ての世界を見つめているのですね。この子は傷ついた殺し屋を助ける子供なのですが、殺し屋に「お前はいつかオレが助けた犬か何か?」とまで言わせるほど健気なんですよ。「かわい〜」と表面で彼を観察してしまう一瞬の後に、「見ず知らずの明らかに危険そうな他人に、それでも近づいていって手助けしようと思うほど他人との接触を望んでいたり」また「他人の痛みを理解出来るほど、子供ながらにして痛みに共感出来る、その共感力が身についた背景」を考えて行くと、どれほどこの子供が孤独であり、「自分を守ってくれるであろう存在を求めていたか」が分かってくると思います。台詞もほとんどなく、たんたんとしたシーンをこなすことが多い役でしたが、この子が笑ったり、一重で切れ長な目が真っ黒に虚ろになったり、表情だけでこの映画の浮き沈みを現していました。ものすごい役者さんでした。英語で調べても情報が見つからなかったのですが、台湾の子役なのかな?韓国映画「私の少女」に出ていた子役の女優キム・セロンがもの凄くて強烈な印象が残っているのですが、彼女を見たときのような印象を今回も受けました。うーん、別の映画でも彼の演技が見たいです。

 

日本人監督作品だけども、日本映画ではない?

この映画はプロダクションが多国籍で、製作は日本、香港、台湾、そしてドイツが出資しているんですね。ドイツがRapid eye movieというケルンにある映画会社であったのが個人的にグッときました。履歴書を送ってお返事すら無かった会社だったのと、何より企業調査をしていた時に「やたらとヤクザやらバイオレンス系の日本映画ばっかり揃えているなー」と思っていた映画会社だったからです。うーん、こう言う映画に出資してくれる会社なのか。私の中では志望度が高かった会社でもあったので、良い会社に履歴書を送っていたのだな、という点で個人的に少し嬉しかったです。ほら、中学校とかで、クラスの皆には人気がない女の子を密かに好きで、成人式あたりで地元に戻ったらやたらとその子が可愛くて「あ、素敵な子に恋してたんだな。」みたいな気持ち。そんな感じですよ。

 

授賞式が楽しみな映画!SABU監督に出会えたことに感謝したいベルリナーレ。

友人とは「この映画が何か賞を取ったら嬉しいね〜」と話していましたが、昨日の映画も良かったし、賞を取るのは簡単ではないのだと思います。でも、是非話題になって、もっともっとSABU監督に映画を撮って欲しいです。ただ、今回ストーリーとしてつじつまが合わないと言うか、ご都合主義になってしまっている展開もあったので、ぜひ次からは予算を増やして、監督のSABUさんには原案と言う形でストーリーを作って頂き、脚本自体は他の人に任せても良いのではないかと思いました。そうすると、もうケチがつかない映画になって行くと思った、という「お前誰やねん」な意見を最後にブチこんで終わります。

 

ベルリナーレで映画鑑賞:「La Reina de España」これぞ情熱の国スペイン!下ネタ満載!ドタバタ恋愛コメディと思えば歴史的背景を含んだ深い映画でした。超オススメ!

映画が好きすぎる。 Berlinale 2017

ベルリナーレで映画鑑賞: スペイン映画La Reina de España

 

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 やっと週末がやってきました!ここ一週間はBerlinale Weekで仕事終わりに映画館に駆け込む毎日を過ごしてきました。体力の無さを気力でカバーしながら毎日映画を楽しむ幸せを噛み締めています。やっと時間が取れたので、ベルリナーレで鑑賞した映画についてジャンジャン書きまくって行きたいと思います!(昨日のLA LA LANDは一ヶ月ぐらい前に書いた記事を未来設定にしていたことをスッカリ忘れていたよ、という投稿でした。)

 

鑑賞前: 予告編とベルリナーレのパンフレットから分かる、大体のストーリーを把握

原題スペイン語:La Reina de España (日本語:スペインの女王)

監督 フェルナンド・トルエバ

主演 ペネロペ・クルス

 時は1950年代、ハリウッドで華々しい成功を収めたスペイン人女優マカレナ・グラナダは、彼女の故郷であるスペインのマドリードに戻って来ます。スペインではカスティージャ王国の女王、イザベラ1世という女王を演じることになったマカレナ。映画製作の現場では懐かしい映画業界の友人達と再会したり、ハンサムなスタッフに惹かれて恋に落ちたり、癖のある監督達と楽しく撮影を続けていくのですが。。。この時代はフランコ独裁政権時代でもあるんですね。そこもポイントとなってストーリーが進んでいくようです。

と、パンフレットの紹介と予告編を見る限り、ドタバタのラブストーリーかつ、スペインの歴史もからんだ群像劇みたいです。ただの映画製作スタッフが大女優のペネロペ・クルスに惚れて貰えるとか!どんだけハンサムだったら合格なんでしょうか。羨ましい展開ですよねー。ベルリン国際映画祭での初鑑賞映画なので、日曜日の夜からワクワクして眠れませんでした。

 

初ベルリナーレ!初プレミア上映!ペネロペ・クルスに会えるのか!?

この映画はベルリナーレでの初上映日のチケットが取れました。つまり今夜はプレミア上映!! 監督や俳優陣が上映前後に舞台挨拶をしてくれる可能性大なのです。友人と「キャ〜!ペネロペに会えるの!!??」と期待に胸を膨らませながらメールを送り合うランチタイム。職場の先輩達も「今日はどの映画見にいくのー?」って私がベルリナーレでワクワクしすぎていたのでわざわざ映画の話題をふってくれます。「もしかしたら半径100m以内でペネロペと同じ空気を吸うかもしれない!」と変態発言をしても「よかったやん!」って受け流してくれる優しい職場です。業務後に「ペネロペがあー!」とテンションマックスになっていた私に友人から一通のメールが届きました。「今日、ペネロペはプレミア欠席するみたい!」流石に先輩も「残念すぎるね!」と笑ってくれましたが、それでも私は期待大です!「ペネロペがダメでもハビエル・カマラが見れたらいい!」彼はペドロ・アドモバル監督映画で何度か見ているので、今回の映画に出演していると分かってからはペネロペの次に是非とも一目見たいと思っていた俳優さんだったのです。(主演のメキシコ俳優ガエル・ガルシア・ベルナウではなく、冒頭に微妙な拍手を貰う、オレンジスカーフの俳優さんがハビエルさん。)

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ハビエル・カマラには会えるのか!?大興奮で向かう会場、煌びやかな世界。

期待値MAXで会場に向かいました。会場はFriedrichstadt Palasttという普段は「THE ONE」などのショーが行われている場所です。ベルリナーレ開催期間だけは特別に映画館使用に変更し、毎日世界中の映画を上映するようになっているとのこと。

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この写真の直前には複数のタクシーで乗り付けている団体を見かけました。映画館から映画館へ駆けつける、映画関係者か相当な映画好きな人々であると思います。

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会場前では上映1時間ほど前にもかかわらず、すでに長蛇の列が。映画のチケットは自由席なので、皆さん、良い席をゲットしようと必死です。

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会場の中では「あ!ニュースで見たことがある!」と思い出す、レッドカーペットとブルーの写真撮影場所がありました。ああ〜、ここで有名な俳優達が監督らとともに写真撮影を行っているのですね。また、映画関係者が到着する前後は一般客にも開放されており、皆さん記念撮影を行っていました。私も友人と一枚撮っておきましたが、ものすごく笑顔の写真が撮れました。だってワクワクしているもの!

 

映画上映前に会場へ映画関係者が入場!プレミア上映ならではの監督らの挨拶が。ハビエルには会えるのか!?

興奮差やらぬなか友人と会場入り。会場の中央部分は「関係者席:予約席」とブロックされており、中央部分以外の席を探すこととなりました。そしてワクワクしながら待つこと30分。映画上映時間の21:00となりました。舞台には司会者が上がり「さあ、監督と製作陣、また出演俳優さん達にお越し頂いております!」と紹介すると、わー!本当に会場に監督さん達が入ってくる!

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残念、今回はハビエルさんはお越しになっていませんでした。でもこの映画でペネロペ並みに主役級の役を努めた俳優のアントニオ・レシネスさんと、この映画でペネロペの恋人役を務めた若手俳優のチノ・ダリンさんが来てくれていました。製作陣ら、映画関係者それぞれが紹介され会場全体が拍手で迎えます。5分ほどの短い時間で紹介を早々におえると、直ぐに映画上映が始まりました。監督や俳優さん達と一緒に映画を見ると思うと、なんだか不思議な気分です。

 

ネタバレあり!主演はペネロペでも、主役はペネロペではない?

この映画『La reina de España』は1950年代、ハリウッドでの華やかな生活に疲れたスペイン人女優マカレナ・グラナダが彼女の故郷であるスペインのマドリードに戻るというお話。映画の冒頭は第二次世界大戦後のスペインやそこから復興を目指す人達の生活、そして1950年代の映画産業の様子が5分ほど映し出されます。ここで一瞬映り込んだ映像で「おおー!ペネロペクルスだー」と思っていたら、その後、冒頭20分ぐらい一切ペネロペは登場しません!ペの字もありません!小太りで禿げたオッさんがひたすら「久しぶりだな。」みたいな感じで旧友に挨拶している感じのシーンが続きます。え?主人公このオッさんなん?って思ってしまうぐらい、ペネロペでない。この映画、確かにペネロペが主演女優かもしれないけれども、映画の主役は全ての俳優であった気がします。最後はやぱりペネロペが一番印象的なんだけども、映画の登場人物全員が濃すぎて全員がいい味出している三谷幸喜映画みたいになっていました。

 

「スペイン映画ってこんな感じよね!」とステレオタイプに楽しんでしまうスペインらしいストーリーと演出。

昔、若い女優のペネロペに溺れてしまったオッさん、国を追われて帰ってきても過去の不義理で信用をなくした妻と家族の元には返れない。息子は立派になり、娘は結婚すると言うのに、「今のあなたは死んだことになっているから」「実際の父親であっても、父親ではない。」と元妻にはブったぎられます。妻には既に支えてくれた別の男がいたのですね。こっそり覗いた娘の結婚式、やっぱり歓迎はされません。

アメリカで成功を収め、恋の噂も沢山流したペネロペ。「なぜアメリカ国籍にかえたのですか?」という記者の質問にはのらりくらりと答えて確信にはふれません。凱旋帰国のようにスペインの映画産業へ、それこそ「スペイン映画界の女王」として帰ってきたのでした。

そんな映画界に突然帰ってきたオッさんを、癖が強い昔の映画仲間達は「死んだと思っていた」と口にしながらも、熱烈なハグで迎えて再会を心から喜びます。もう、ここらへん超スペインって感じ!オッさん、嫁の元には返れないし、仕事も無い。そこで旧友達は便宜をはかってオッさんに映画産業での仕事を与えます。昔、みんな少しづつオッさんにお世話になっているんですね。スペイン人らしい情の深さとでもいうか、口々に文句を言おうとも、心ではみんなオッさんのことを憎からず思っているのです。クズなのに愛されキャラのオッッさん。これが人望ってやつですか!

ペネロペは恋多き女なのでやっぱりまた撮影現場で若いスタッフに目を奪われ、恋しちゃう。そのくせ気が強い女だから自分から惚れたなんて言いたくない。下心まるみえの態度で誘っても、最終的には男に手を出させるようにしむけちゃうのは流石!スペインの女最高だな!って思わせてくれる女優さんです。

そしてペネロペをハマらせちゃう若い俳優さん、筋肉に黒い瞳、セクシーで危なげで本当にホットでした!これは、逸材!イタリア人の友人と「うーん、セクシー!」ときゃーきゃー良いながら見ました。(日本語勉強中のイタリア人が「目の保養だね!」と言った時には私の日本語教育力の高さに自画自賛したくなったよね。教えといて良かった!必須単語だよ!)

この映画、結局は意色々あって窮地に陥ったオッさんを、なんだかんだ言って元嫁も、堕落のキッカケになった元愛人だったペネロペも、そして癖の強い旧友達、皆が協力して助けようとするストーリーなんです。そこで活躍する若い男、唯一オッさんに恩もクソも無いセクシーなペネロペの恋人役の男が、すごい一肌脱いでくれるんですよ。今の女が昔の男の為に頑張りたいからって、無条件で力になってあげるんです。なんだったらオッさん救出作戦で一番大変なポジションをにない、かつ成功の為に一番危ない橋をわたるのもこのお兄さん。今の女が昔に何かあったであろう小汚いオッさんを助けるために、一肌脱ぐなんて懐の広いことが出来るのは、やはり「色恋に理解が深いラテン系」がなせる業かなあと思います。そんなTHE スペイン!赤ワイン持ってきて!な映画でした〜

 

エンターテイメントとして普通に面白い映画でありながら、歴史的背景知識と事前の映画知識あれば更に奥深い、二層、三層にも味わえる映画。

この映画、レズビアンもゲイも、下ネタも下品な言葉遣いもいっぱい出てくるし、笑わせる部分もスゴく多くて「恋愛どたばたコメディー」と括ってしまってもいいぐらいの映画なのに、根底には1950年代のスペインが抱えている歴史背景がくっきり輪郭を作っていて、「なぜオッさんが窮地に陥るのか」「なぜペネロペがアメリカ国籍を取ってきたのか」「なぜペネロペはスペインの女王なのか」すべてがフランコ独裁政権下であった、というこの1950 年代の世界観に答えがあります。そして「この時代のスペインの映画産業が何故にアメリカ資本、人材を積極的に取り入れて行かなければならなかったのか。」そんなポイントに焦点を当てると、笑ってばかりの映画でもないんですよ。

少しだけ歴史的なお話をしますと、予告編でも映り込んでいる巨大な十字架、これはフランコ統治下における「弾圧の象徴」でもあるんですね。スペインの首都マドリードからほど近い街エスコリアルという街にあり、今でも「La cruz de los caidos」(落ちた人々の十字架、caidoは英語でいるfallという単語で「躓いた、転んだ、落ちた」という意味を含んでいます。)と呼ばれています。「スペイン内戦で死んだ兵士達をたたえる」という、この十字架の建設にあたり、何人もの人々も亡くなったり、またフランコ政権時に敵対していた政治犯が、この建設の為の強制労働に従事させられていました。この映画では、ここで働かされることになったオッさんを救い出そう、と皆が翻弄する話でしたが、歴史的背景を知っていると、一気に物事の重大さが身に染みますね。詳しく知りたい人は「スペイン 戦没者の谷」で検索すると色々勉強出来ます。

でもこの映画がひたすらに明るいので、重苦しい雰囲気は結構和らいでいます。だってこの映画はひたすらに人間礼賛、人生讃歌のストーリーですから。そんな背景があったとしても人間は生きて行く、そして恋をしてセックスをして、ケンカしてビンタもする。皆さん、鮮やかな人生だと思いました。ピンチのときでも恋に落ちれるって素敵なバイタリティーだと思います。スペインが更に好きになっちゃうね!これでロシア映画です、とか言われたらちょっと「え?」って咀嚼出来ないけど、「スペイン映画ですから」って言われたら「そうですよねえ!」って言って納得しちゃうパワーがある。スペイン映画いいな!

 

ベルリナーレで映画を鑑賞する醍醐味を、初っ端から感じさせてもらいました。

ベルリナーレの素晴らしいところは観客が一体感をもって鑑賞出来たところでしょうか。スペイン人が真後ろにいて、真横は多分イギリス人で、私の友人はイタリア人でした。皆が一緒に笑ったり、ちょっとそれぞれ爆笑するところが違ったりもしました。国民性と言うか、言葉の問題もあったり。字幕の英語訳が上手だった時はイギリス人が笑って、やはりスペイン語ならではの言葉回しであったらスペイン人が爆笑、それぞれが理解する範囲で最大限楽しんでいたのだと思いました。私は最初はスペイン語と英語とドイツ語のダブル字幕に慌てたけれども、肩の力を抜いて勝手に楽しみだしたらスペイン語の下品で直接的なところがやっぱりいいなーと面白くなりました。映像にも集中出来ると、ああ、ストーリーもいいけども、映像自体もとっても綺麗でステキなんだとわかることができました。

 

スペイン語の侮辱言葉ってなんか愛嬌があるよね〜、そしてスペインのゲイキャラってなんでこんなに可愛いのか?この映画は、下品と愛嬌のバランスが絶妙でした!

久しぶりのスペイン語で慣れなかったけども、だんだん思い出してきて台詞をそのまま聞けるようになってくると「coño,cojo'nes,cabro'n」ってスペイン語のCから始まるダメな言葉ばっかり耳につくんですね。ペネロペも上品そうなオバちゃんも皆、言葉使いが乱暴で汚いんだけど、それがまたシックリきちゃうスペイン映画。人間臭くて、情にあつくて、皆のキャラクターが「ウスターソースに醤油混ぜて豆板醤も入れときました」ってぐらい濃いだけど、すべて調和しているからスゴいです。

やっぱりハビエル・カメラは最高で、今回は別にゲイじゃなかったけどもう可愛かったのは変わらず。アドモバル映画でみた彼が2回ともゲイだったからか、もう彼はゲイ俳優じゃないかと勘違いしちゃう。この映画ゲイが多く出てきたのだけど、彼の他にもアメリカのゲイ俳優とゲイにお尻を狙われちゃうスペイン俳優も出てきました。でも、ハビエルの方が良い。熟年のゲイ紳士も出てくるけど、ハビエルの方が可愛かったです。(どんだけ好きやねん)

 

上映後の舞台挨拶。世界的な俳優さんも間近で見たら案外小さく感じました。映画の効果ってスゴいんですね。そして監督、おじいちゃんなのに表現が若々しくてファンになりました。

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最後に監督や俳優さんをもう一度じっくり鑑賞!前から7列目ぐらいに座っていたので、舞台まで10mないぐらい。こんな間近で世界的な監督と俳優さんをみれるなんて感激!映画の最中で「やばいやばい。フェロモンがヤバいよ〜」とキャーキャー言っていた俳優チノさん、意外とちっさいし、なんかエロくないよ。普通にめっちゃ良い人っぽかったよ。「映画ってスゴいね〜!彼、本当に映画では素敵だったもんね!実物が、すごく害がなさそうでビックリ!」と逆に映画の効果と、俳優さんの演技力に感動しました。挨拶らしい挨拶や質疑応答の時間も無く、なんだったら「顔見せ」程度でしかなかったけれども、わざわざ来て頂いて感激です。そんなこんなで人生初プレミアは大満足でした。なんたったて映画自体がものすごく良かったですから。監督さんに会えるのも素敵だけど、やっぱり大切なのは映画です。映画の出来がこんなに良かったなんて、人生で忘れられないお気に入りの1本になりました。

 

おまけ:この映画は続編だった!?1998年に公開された同監督作品の「美しき虜」のストーリーとキャストが引き継がれています。

じつはこの映画、同監督が約20年前に撮影した映画の続編的意味合いが込められた映画だったみたいなんです。下記サイトにて詳しく説明されていました。

Cuemovieより

「ペネロペ・クルスはヒロインのマカレナ・グラナダを演じますが、このキャラクター名はフェルナンド・トルエバ監督の1998年作品『美しき虜』の時に、ペネロペ・クルスが演じたスペイン女優の名前です。『美しき虜』は、1938年、スペインの映画撮影隊が国の交流の一環としてドイツ・ベルリンのスタジオで映画を撮ることになりますが、それはナチス宣伝相のゲッペルスが主演女優マカレナ・グラナダを自分のものにしようとする策略。マカレナはゲッペルスの誘いをかわしながら撮影は進む…という、コミカルなキューティー映画です。この映画はスペインのアカデミー賞と言われるゴヤ賞で作品賞と主演女優賞を獲得しています。」

http://cue.ms/news/la-reina-de-espana-penelope-cruz/

ペネロペの役以外でも『美しき虜』の時に登場したキャラクターが再登場するようですから、『La reina de España』と『美しき虜』は続編とは言えなくても、世界観は繋がっている作品と考えていいようです。気になりますね〜 ベルリナーレが終わったら鑑賞したい映画リストに加えておきました。

 

2月24日 日本公開映画【LA LA LAND】バレンタインデーにデート出来なかったカップルはこの映画でも観に行ってラブラブしたらいいと思うの。

映画が好きすぎる。

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ドイツでは1月13日から公開されました、今年の賞レースで注目されています「LA LA LAND」。ちなみに、日本公開は2月24日ですね。(あと一週間後だ!)配給会社はGAGA。もう流石GAGA!もう、良い映画はGAGAが全部配給してる気がする!この映画は前評判通り、早速ベネチア国際映画祭、またトロント国際映画祭で受賞しまくってます。アカデミー賞の大本命でもあるみたいですよ!2月26日の授賞式が楽しみですね。

公開2週間目に観に行っていたので、感想を書いておこうと思います。何かと話題なので、気になっていた方も多いのでは?ドイツ語で鑑賞し、私の勘違い解釈の恐れもあるので、その為ストーリーにはほぼ触れず、ネタバレ無しで書いていきます。鑑賞前の人も参考程度にどうぞ。

 

監督がスゴい!まだ31歳、ハーバート大学で映画を学び、既にアカデミー賞取ってます。

さて、この映画の何が話題かと言いますと、まずは監督デイミアン・チャゼルでしょうか。彼はまだ31歳!名門ハーバート大学で映画制作を学び、長編映画初監督作品(しかも超低予算)「セッション」でいきなりアカデミー賞を受賞しちゃったすごい人。監督自身もドラマーだったとのことで、リアルな描写と迫力のドラムシーンで絶賛されてましたね。この方の第二作目が今回の「LA LA LAND」音楽映画でピカイチだった監督のミュージカル映画となれば、それはもう期待されちゃうわけで。今年のアカデミー賞では監督賞にもノミネートされています。日本人作家、遠藤周作原作の「沈黙ーサイレンスー」を映画化したマーティン・スコセッシ監督と、どちらが受賞するか楽しみです。

 

俳優が素敵!クラシカルキュートなエマと、切ないイケメンのライアンが眼福です。

次に主演の俳優陣も話題になっています。まずヒロインのエマ・ストーン。大きな目と二次元世界の住人のような抜群のスタイルでレトロ可愛い衣装を着こなし、華麗なステップで歌って踊ってくれます。恋人役のライアン・ゴスリングも、タップダンスやジャズピアノ演奏を見せたりと、ミュージカル映画としては十分魅力的な主演の俳優陣。ゴールデングローブ賞では映画として7冠を受賞し、またアカデミー賞でもそれぞれ主演女優賞、主演男優賞にノミネートされるという快挙。デイミアン監督の好みの演出なのか、顔面アップのカットも多かったのですが、⑴まず二人とも美人すぎて絵面が綺麗だからそれだけで良い。⑵エマは表情豊かに感情を表すし、逆にライアンは目線で感情を表すタイプだったので、顔面アップのシーンでも表現が単調ではなく飽きなかったです。

他にも作曲家の人やプロヂューサーの人も有名どころらしいのですが、詳しくは知らないので割愛。とにかく制作陣にも俳優陣にも期待たっぷりの映画だと言うことです。

 

超簡単にストーリーをまとめるよ!
「LAで女優を夢見るミアと、売れないジャズピア二ストのセバスチャンは、運命的な出会いをして互いに惹かれ合います。アーティスト同士の恋人として唯一無二の存在になっていくも、アーティストゆえに抱える苦悩や、相手への理想が邪魔をして、楽しいだけの生活、とはいきません。二人は夢を叶えることが出来るのか?二人の愛は逆境も共に乗り越えて行けるのか?」
このようにストーリーは普通に単純で、すごい展開がある映画ではありませんが、この映画は映像と音楽を楽しむ為の映画なので、ストーリーだけで見る映画ではないようです。もう開始五分で拍手したくなるぐらい、ミュージカル映画いいなあ!って思わせてくれます。キラッキラしとるよ!

 

すごい好きだと思ったところを勝手に5つあげちゃう!

⑴とにかく色が綺麗。
レトロ可愛い衣装に身を包んだキャストが彼方此方で踊って歌うのですが、衣装のバランスがすごく良くて、どのシーンを切り取ってもポスターになるぐらい画面の色が綺麗です。

⑵空想の世界、夢見心地にさせてくれる世界観が素敵。
「恋愛睡眠のすすめ」とか「ムード・インディゴ うたかたの日々」を観たことがある方、あんな感じです。ミシェル・ゴンドリー監督ほどやりまくってはないけども、とにかくドリーミーな部分はポップでふんわり夢見心地にさせてくれます。キラッキラしとるよ!(2回目)

⑶カット割りがセンス良すぎる。
「コーヒー」「パスタ」「エマ」何のこっちゃ分からないと思うのですが、軽快な音楽に合わせて、パーン、パーン、パーン!とランダムな映像をパッパッパッ!と差し込んでくるんですね。映像と音楽がリンクして変化していくのを観るのはすっごく気分が良いです。またパーティーシーンでのシャンパンの差し込み方なんてキラキラしていて最高です。素敵なPVを見ている気分にもなれます。

⑷エマが可愛い。
この女優さんのでっかい目に表情筋MAX仕様でクルクル変わる感情豊かなキャラクターに心掴まれます。彼女は映画「バードマン」での演技が評価されて有名になったらしいですが、(あの映画は主演のマイケル・キートンの印象が強すぎて彼女に注目し辛いから)もっと彼女の可愛さを知りたい方は「マジック・イン・ムーンライト」という映画がオススメ。名俳優コリン・ファースと歳の差恋愛を繰り広げるストーリーですが、キュンキュンするほどエマが可愛いです。

⑸ライアンが切ない良い男。
この人は切ない恋人役の特許でも取ったのでしょうか?今回もちょっと切ない恋人役を、どん時でも自分以上に彼女を愛する姿勢、控えめだけど深い愛情のある、「こんなに良い人いないわ!」な恋人を演じています。彼のさらに胸を締め付けられる切ない演技が見たい人は名作「ブルーバレンタイン」をどうぞ。これ、もう絶対にライアンは悪くないよね、ってぐらいに切なくも愛情深い男性を演じています。この映画は「結婚したカップルが見たら離婚したくなる」という曰く付きの地味に後味悪い映画なので、鑑賞にはご注意下さい。

 

蛇足ですが、「セッション」でアカデミー賞助演男優賞を受賞したJ・K・シモンズもチラッと出てくるので、デイミアン監督の前作を観ている人には嬉しいキャストですよね。実際に映画館でも「Wow! Him!!」って観客が喜んでました。(ドイツ人の映画館で普通に喋る習慣がどうしても面白い。ドイツ語がまだ流暢じゃないから横で喋られても私はそこまで気にならないけども、ドイツ人の友人は「あのお婆ちゃん、途中で感想を話し出してたから流石にまいった」と言っていました。ウケるw!)

 

参考になったかどうか疑問ですが、ずっと楽しみにしていた映画だったので感想をまとめられて良かったです。日本で働きマンな男性も女性も!是非この映画で一瞬でも心をふわふわにして下さい。