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ベルリンから人生敗者復活戦。

ワーキングホリデーの失敗談を綴る。その失敗の過程と、失敗から出直す、敗者復活戦の過程も勝手に配信する。

ベルリンでワーホリからの転職活動!転職の最重要ポイント:目標と妥協点を定めよう。

前回から続いております、転職活動ネタ。まだ具体的に始まってもいないのにやたらと転職活動ネタが一杯あるよ。自分へのメモ代わりにもまとめておきますね。今日は転職のポイントと目標、妥協点の設定の仕方について書いてみたいと思います。

そして「転職」とかいう大きな行動を起こすときはやたらとTEDのスピーチが見たくなる現象も続いております。今日は有名すぎるSimon Sinekの「ゴールデンサークル」のスピーチを。こんな風にパキッと考え方を整理して発信して行けたら、自分を売り込むプレゼン、志望動機書、インタビューの内容を作って行ける気がします。

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サイモン シネック: 優れたリーダーはどうやって行動を促すか | TED Talk | TED.com

 

走り出す前にゴールを決めよう!転職を決意したら目標と妥協点の設定を!

はい、今日の転職ネタは「目標と妥協点の設定」です。実は一番重要なポイントはコレだったりします。転職活動に際しては、自分の目標と妥協点を決めておきましょう。目標値と妥協点が分からなければ、方向性も決まらないし取捨選択も出来ません。まずは「絶対に譲れない条件」と「妥協しても良いポイント」を自分自身と話し合いましょう。

譲れない条件は3つ!「ベルリン勤務」「日本市場担当」「就労ビザサポート」

私の場合、譲れないポイントは3つです。「ベルリン勤務」「日本市場担当」「就労ビザのサポートがあること」まずベルリンという街が好きでここまでやってきました。1年近く住んできてやっと趣味も友人の和も広がり生活も楽しくなってきたんです。ああ、ベルリンに来て良かったなあと実感する瞬間が増える度にどんなに大変でも頑張って行こうと思えました。だから私の第一条件は「ドイツに住めること」よりも「ベルリンに住めること」です。日本人街があり求人も多いドュッセルドルフやフランクフルトなども街に移住すれば可能性も広がるかもしれませんが、私の本意ではありません。だから「ベルリン」にこだわることは難しくもあり、大きなモチベーションでもあります。次に「日本市場担当であること」に関しては、完全に私がスキル不足だからです。「日本人であること」が私の強みであり、それ以外でヨーロッパ人に勝るスキルはありません。だからこそココを買ってくれる会社を狙うしか無いと思います。だから業界や仕事内容はあまり重視しません。(いつかはココを重視して行きたいけど、今は我が侭言える立場じゃないので)最後の「ビザサポート」は必須です。なんたって8月末でワーホリビザが切れてしまいますから。ドイツに置ける日本人の就労ビザ状況を見聞きする限り「ドイツ人、またヨーロッパ人でカバー出来ないほどの外国籍の人材を雇う必要がある仕事」をする必要があるようです。だからこそスキル不足の今は日本人スキルを前面に出しつつ、会社からのビザサポートを前提条件に新しい職を探したいと思っています。

 

妥協点は〇〇!自分のスキルと立ち位置を客観視しよう。

その反対として、妥協点は給料でしょうか。一から始め直すのですから、最初からトップスタートの給料は交渉し辛いですね。その為私は現在の会社での給料以上を目標とし、可能であればベルリンの平均値の給料を求めますが、この点は妥協しても全然オッケー。贅沢出来なくても、生活出来れば良いとします。精神の平和と生活の安定が第一条件ですね。その他オフィスが少し家から遠くなってもオッケー。基本答えられることなら頑張って行きたいという姿勢です。

日本での新卒の際に受けていた給料条件や福利厚生、そんなの求めてません。だって私はドイツにおいては「勝手に移住してきた」外国人なんです。ドイツに必要とされない限り基本的な人権は保障されていないとすら思っています。スキルや実績をつまない限り、基本的人権を保守する声すら届かない。それぐらいの心持ちでいないと、ドイツで暮らして行く利点が見えなくなってしまいます。今の自分を客観視して、そこから現状から見えるベストを確実に更新して行きたいと考えています。

 

交渉するポイントも忘れずに!語学学校とフリーランスの仕事について。

その上で「交渉出来たら良いな」と思っているポイントは2つあります。まず会社が「ドイツ語学校に通わせてくれること」ですかね。外国人としてドイツで生活するにあたりドイツ語習得は遅かれ早かれ必須ですから、会社からサポートが受けられたら有り難いし、金銭のサポートが無理でも就業時間の調整など私の努力への理解を示してくれたら有り難いです。

次に「就労ビザ習得時にフリーランスの業務もオッケーの文言をビザに含むこと」です。基本的な就労ビザでは「A社で働いています」という就労先の会社名が記載され、その会社に紐づいたビザとなりますが、ここに「フリーランス業務も平行で行っています」と文言を貰っておくと、就労先以外の業務も行うことが可能。その為A社で販売業を行ったとしても、フリーランスとしてたまに翻訳業を請け負うことも可能。ここから実績をつんで、次回のビザ更新ではフリーランス一本で生活も出来るようになるかもしれません。何が起こるか分からない海外生活。生活の手段はいつだって準備しておきたいですね。

 

不安ばっかりの転職活動の中でも「何故ベルリンなのか」を実感し続けよう。

私がベルリン生活が楽しくなってきたポイントとして友人の存在ももちろんですが、ベルリンならではの生活スタイルに魅力を感じることが増えたことが上げられます。ベルリンの良さ、それは「人生を楽しんでいる人がいる」ことを目の当たりにする機会が多いことだと思います。お金じゃない、見栄や権力でもない。ただ晴れた日に公園に集まって皆でビールを飲むこと。そのままヨガを始めちゃったり、時にはひたすら公園を散歩することもある。こんな何気ない瞬間に幸せを感じている人が多いです。

また趣味を謳歌している人も多く、Meetupという趣味を共有するインターネットを通じたコミュニティー活動では、共通の趣味の仲間と集まって毎週末活動することも可能です。私がベルリンで始めた趣味は2つあって、どちらもあまりお金はかかりません。まずはチェス。隔週日曜日に夕方16:00から黒いつベルグ地区のカフェで玄人のチェスプレーヤーさんにアドバイスを頂きながら少しずつ上達しています。料金は参加費1ユーロとコーヒー代ぐらい。安い!次にボルダリング。毎週2回、水曜日と土曜日に登りに行きますが今では自分用のシューズとチョークも買ってしまいました。でも投資額は100ユーロもしません。ジュムの使用料は日本よりも格段に安く、一回7〜10ユーロ。面倒な入会金などもありません。日本だと入会金1000円に使用量が2000円くらいだと聞きました。

日曜日の午後にコーヒーを飲みながら世界中から移住してきた人達とチェスを打つ時間は知的興奮を与えてくれます。そして仕事終わりや週末のボルダリングジム通いは、非日常的なスリルを味わいながらも確実な成長を感じることが出来るリフレッシュの時間です。天気が良い日に太陽の下、ビールを飲みつつ、外のボルダリングの壁を登る時こそ「ベルリンに来て良かった」と感じますね。日曜日の教会終わりに、チェスクラブに向かう道中もかなり気分がいいです。転職活動の理由はネガティブだったけども、ベルリンの良さを感じる度に「頑張ってベルリンに残れるようにしよう!」と気持ち新たになります。不安や葛藤ももちろんあるけれども、ネガティブな理由よりもポジティブな理由がある方がストレスにだって打ち勝って行けそうです。

ただでさえ海外に置ける転職活動で挫けそうな時ほど、是非とも「何故この国、この土地に留まりたいのか」を自問してみて下さい。そしてもし留まる理由が全く浮かばないときは、帰国も悪い選択肢じゃないと思います。私だって帰国を考えていた時期もありました。でも踏ん張って、生活を楽しむように出掛けて行って、今ではベルリンがもっと好きになっています。もし帰国を検討する場合は「ビザが許す限り最大限滞在してみよう」とか期限付きで前向きに動いてみて、それでもダメだったときは充実感とともに帰国もアリではないでしょうか。どんな選択も選んだからには正解にして行きたいですね。一緒に頑張りましょう!

 

 

 

ベルリンでワーホリ、からの現地就職、からの転職活動!一番始めに取り組んだ3つのこと。

「きっと色々言う人もいるだろうな」と予想出来る挑戦的な決断をするときはいつもこのスピーチが見たくなる。そして「きっと間違っていないはず」と背中を押されて「10年後の為に今藻掻いておこう」と信じて行動する。20代で「このままでいいのかな?」って藻掻いている人は是非一度見てみて下さい。さあ、今日は転職活動について書いてみます。

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メグ・ジェイ: 30歳は昔の20歳ではありません | TED Talk | TED.com

 

1)何はともあれ「転職活動することにしました!」と宣伝する。

やると決めたら早速始めましょう。まずは一人で始めないこと!半年前の就活中の私と今回の私では決定的に違うことがあります。それは「友人の数」です。ただの「知り合いの数」ではなく、恥ずかしいことも素直に話せる「友人」が少ないけれども何人か出来ました。まずは早速彼らに「今の会社で長く勤めるのは難しいと思う。次の契約更新で労働ビザに切り替えたいけれども、ビザの為だけに条件の悪い契約を結んで辞め辛くなって身体を壊しては元も子もないから、7月の契約切れの前に転職先を探したい。」とハッキリ事情を説明しました。その上で「日本市場に進出しようとしている企業やプロジェクトを知っていたら名前を教えて欲しい」とお願いします。募集や求人が出ていない会社にだって履歴書を送ってみる価値はアリ。フリーランス業務の実績を積む為にも「翻訳や通訳を必要としている人がいたら紹介して欲しい」ともお願いしておきます。もし会社が見つからなくてフリーランスビザで申請する場合は、ある程度の実績が示せないとビザ申請が通らないからです。何はともあれ、どこから情報が降ってくるかは分かりません。信頼の置ける友人達に、協力をお願いすることは悪いことではありません。問題発生時は人にも相談せず、一人で動きがちであった自分が、人を頼ったりコミュニティーを拡げることで可能性を広げるようになったこと。この変化はいいことだと思っています。海外での就活は特にコネ採用が多いです。私の会社なんて社長の彼女の友人の彼氏が雇われています。コネ最強です。

 

2)現在の職場の先輩やチームメンバーにレファレンスレターを頼む。

理解ある職場で、理解ある同僚に恵まれていたら、レファレンスレターを頼みましょう。コネ採用のベルリンであると同時に、「アンタ誰?」と思われる際に「一応の人物保証」を行ってくれる人がいると心強いです。特に前職での働きぶりを知る同僚から「この人は誠実でよく働いてくれますよ」と一言書いてもらえるだけでも、「前の会社を適当に辞めてきた訳ではない」と分かってもらえます。可能であればドイツ人から一筆貰う方がドイツでの信用を買うには一番でしょうが、転職活動中に現職の会社内で不利な噂が流されたら本末転倒です。ここは信頼出来る人、応援してくれる人に頼むのが一番。私はずっと一緒に働いてきた先輩二人にお願いをしています。一応先輩達は私の上司にも当たるので、その体で評価を書いて貰えるようにお願いするつもりです。

 

 

3)ドイツ語の履歴書を用意する。(ドイツ就業経験がある人に相談する)

そして最後にして最大の難関、履歴書!前回は英語の履歴書でゴリ押ししましたが、ま〜あ可哀相なぐらいに反応が悪い!ドイツで働きたかったらドイツ語で履歴書を作りましょう!どうせビザ申請時にドイツ語の履歴書が必要になるようですし、遅かれ早かれ作っておいて間違いはありません。ここも友人に転職活動をすると宣言した際に、「ドイツ語の履歴書作成時に相談に乗って欲しい」とお願いしました。すると「見本として僕の履歴書のデータを送ってあげるよ」という人や、「一度書いてみたら送っておいで。チェックしてあげる。」という救いの手を差し伸べてくれることに。もし負担がかかる作業となる場合にはアルバイトとしての報酬を払うようにしたいと思いますが、それであったとしても信頼出来る人に「この子の転職活動が成功するように」と思ってチェックしてもらえることは有り難いですね。志望動機書も簡単な定型文を作って、ドイツ語で書けるようにもしたいと思います。会社ごとに書き換える志望動機書。。。これはめちゃくちゃハードルが高いので、ドイツ語での定型文と同時に英語でも書くことになると思います。

またポーランド人としてドイツで5年間働いてきた経理のお姉さんが一番重要なアドバイスをしてくれました。「一にも二にも、ドイツでの就職活動は全て写真が命!」必ずプロのカメラマンに写真を撮ってもらえ!とのこと。どれぐらいのクオリティーの写真が求められているのか、私には想像がつきません。ちなみに前回はタンデムの友人が芸大生なので、その子のカメラで撮ってもらいました。なかなかちゃんとした写真ですが、同じ写真じゃダメなのかな?ここも友人に意見を聞きながら、必要であればお金を払って準備しようと思います。

 

転職活動には時間がかかりますから、とにかく決めたらすぐに始めることが大事!履歴書を送ってもお返事まで2週間ぐらい時間がかかりますよ!

前回の就職活動でも、応募をする期間が一番大変でした。だって返事が来ないから。ダメかなーって思ってしまう期間中にだいぶネガティブになりかけました。5月中に履歴書や写真を用意して、6月中にとにかく提出しまくる。そして7月にはインタビューに呼んでもらえる、この流れが理想ですね。もし7月中に仕事が見つからなければ、それは仕方がありません。その時にまた次の一手を考えましょう。とにかく今は行動あるのみ。友人達にも「今月中に履歴書を用意して、応募する企業をリストアップして行きたいんだ」という姿勢を見せながら、情報収集と書類準備を頑張って行きたいと思います。以上が私なりの、「転職活動を始めたら最初に行う3つのポイント」でした。次は、転職活動に置いて一番大切な「目標と妥協点を定める」ことについて書きたいと思います。

私も手探り状態な海外転職活動。スキル無し、ドイツ語力なしの日本人としてベルリンに残れるのか、一緒にハラハラしながら見守って頂ければ幸いです。(映画ばっか見ていた日々が相当暢気に思えますね!)

 

 

「試用期間中にアナタはちゃんと逃げなさい」ベルリンでワーホリ現地就職しても安泰ではないね。転職活動開始します!

 「試用期間中にアナタはちゃんと逃げなさい」と先輩職員に諭されました。

ぽかぽかの太陽に包まれて芝生の上でお弁当をつつく長閑なランチタイム。公園を後にしたらオフィスまでの帰り道でアイスを買って食べる。大好きな先輩と一緒に「春がきたねえ〜」と穏やかに過ごした日々は2週間ぐらいで終わりを告げて、昨今のランチタイムはもっぱら将来をどうするか、外国人としてどうやってベルリンで生活して行くのか、真剣な会話ばかりを交わすようになりました。

私が働いている会社には日本語話者が二人いて、日本人とスペイン人、二人の先輩に支えられながら今日まで仕事をしてきました。2月から働いているので、既に3ヶ月が経っています。思い返せば3ヶ月とは思えないほど濃厚に時間がすぎて行きました.たかが3ヶ月ですが、されど3ヶ月。新規取引先を開拓したり、別プロジェクトでバタバタしたり、通常業務を覚えながらもメインはもっぱらリサーチ、交渉。正直、いっぱいいっぱいになりながら何とかやってきた感じです。

3ヶ月も過ごしてみると、やはり色んなことが見えるし耳に入ってくる、そして見聞きしたことを実感する訳で。鈍感ながらに、あんまり雰囲気はよくないなあと漠然と感じておりました。でもどこか暢気に「とりあえずココで働きながらドイツ語を覚えたり生活の基盤を築いて、1年ぐらい働いてみてから転職活動とかしないと行けないんだろうな〜」と考えていました。正直な話「ここに入るまでの就活でも苦労したのだから、出来ればドイツ語力と人脈に自信がつくまで転職なんてしたくない」と甘えた考えがありました。そんな私の漠然とした姿勢を感じ取った先輩達は、「ハッキリ言わないとフェアじゃないから」との決意から「試用期間中にちゃんと次を見つけといた方が良い」と諭して下さいました。

 

ある日突然、職場環境はガラリと変わる。「3人分の仕事を1人で出来ますか?」

先輩達は離職を検討し始めていたのです、タイミングまでかなり具体的に。二人が離職を考えていることは私も薄々感じ取っていたので、私なりに「いつか一人になっても仕事を回せるように仕事を覚えなければ!」と、細かくマニュアルを作製しておいたり、社内で誰がどのような仕事をしているのか把握したり、とにかく失敗すら「先輩がいるうちに失敗が出来て良かった」と思うほどで、どうにか自衛出来るように努力するようにしていました。しかし先輩達は驚くほどに人格者なので「一人で頑張りすぎてしまう」私の性格まで見抜いていました。「その働き方の姿勢だと、先輩達が離職してチームが一人になった時、会社に潰されてしまうのではないか」と心配していたのです。

「日本人はどうしても無理をしがちだし、責任感もある。今までの日本人スタッフも同様で、だからこそ会社側もプッシュすれば日本人達は無理矢理にでも働くと思ってしまっている。アナタも頑張り屋さんだから、きっと仕事量に押しつぶされて体調を崩してしまうわ。」と2年間頑張って働いてきて、アレルギーに腹痛、様々な体調不良を抱えている先輩が真剣に私を心配してくれます。スペイン人の同僚も「身体を壊してしまったら、転職活動どころか生活自体が出来なくなってしまうよ。元気なうちに、次の手段を模索し始めるべきだと思う。」と話してくれました。2年頑張って働いてきた人が、見切りを付けた事実。そして「可愛い後輩じゃなければ守ろうとしないし、伝えたりもしない。アナタを残して行くことは心配だから。」と、もう泣けるぐらい親身に話してくれました。

 

試用期間中はいつでも退職出来る、正式に雇用されると退職し辛くなる。

私の契約は最初の半年は試用期間となっているので、7月末で雇用の契約は切れることになっています。会社側から切られない限りは契約更新となるのですが、それ以上に私から契約を更新しない、という手段がとれるのもこのタイミングです。

正式な雇用契約を結んでしまうと離職の際には手続きが必要となりますし、また「離職は後任が見つかってから」という義務が課せられてしまうこともあるとのこと。つまり離職の際に「会社に損失を与えない」ことが大切になってくるのですね。会社がすんなりと後任を採用し、トレーニングさせてくれれば話が早いのですが、ウチの会社で「退職願から後任探し、トレーニングを経てからの離職」までに1年かかった人がいました。その人は激務がたたっての体調不良だったのですが、離職出来るまでの更なる1年間でもっと体調を崩したとのこと。つまり正式に雇用されると仕事をして行く上では一見安泰ではありますが、いざ離職を考えた時に手続きは簡単には進まないと言う難しさが出てきてしまうのです。まあ、日本でも同じでしょうか。

 

企業に雇用される際の労働ビザの縛り「ビザは雇用先の企業にヒモづいている」

日本とドイツで異なる点と言えば、私がドイツにおいて外国人である、という一点に尽きます。私は外国人ですから、ドイツに住む限り正式なビザを必要としています。そして正式なビザを得る為にはフリーランサーなどにならない限り、私はドイツ企業から雇用契約をうける必要が出てきます。そしてビザは「日本人を必要としている業務があることが認められているA社にて働きます」という前提で発行されるので、ビザには「勤務先」が印字されます。その為、そのビザは「A社で働いている限り有効」である為、離職すると同時にドイツにおける滞在資格すら失ってしまうのです。つまり会社と不都合があった場合に即「離職してやる!」と思ったとしても、それは同時に日本帰国を意味する部分でもある為、ドイツに滞在したい限りはA社で働き続けることになります。

もしくは転職活動を行い、B社に面接を受けに行ったとしましょう。そして採用が決まったとします。その後B社からの契約書を持って役所に行けば「労働ビザの労働先の書き換え」を行うことも可能という事例も聞いたことには聞いたことがあります。が、離職の手続きってどうなっているのでしょうか?そんなに直ぐに離職できる会社であれば良いですが、もしA社が離職に時間がかかる会社であった場合、そしてB社が「すぐに働き始めることが出来る人が欲しい」と思っていた場合、この転職は失敗ということになります。

大抵の求人は「直ぐに働きにきて欲しい」と思って採用活動をしていますから(現に私の雇用がトントン拍子に進んだのも同じ理由でした)、正式に雇用されるとスムーズな転職活動を行うことはかなり難しいと言うことが分かるのではないでしょうか。(もちろん日本でも同じですけど)この点からも先輩達は「退職に縛りが無い試用期間のうちに転職活動を始めておいて、何かあった時の為にも選択肢を増やしておくべきだ」とアドバイスを下さったのです。「ドイツまできて、まさか日本のブラック企業のような扱いを受けることは無いだろう」と思っていた私は甘く、ドイツでも「買いたたける人材は買いたたかれる」のです。

 

「〜is only half the battle(終わりではない)」

ここで突然の急展開ですが、一つTEDの動画をご紹介させて下さい。彼女は脱北女性のイ•ヒョンソさんです。彼女のスピーチでは「脱北に成功しただけで終わりではない。苦労は脱北後も続く」というご自身の体験を話されています。

何かの障害を乗り越えたとしても、その後さらに対処しなければならない問題がある時に「〜is only half the battle(終わりではない)」と表現します。彼女も「自由を手に入れる、それだけで終わりではない」と話しています。

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日本語字幕付きはこちら → イ・ヒョンソ : 北朝鮮からの脱出 | TED Talk | TED.com

 

彼女ほどの苦労をされた方と私を比べる気はないのですが、何か一つ大きな変化を得ようとした場合、その変化に辿り着くまで様々な段階があり、無数の「〜is only half the battle(終わりではない)」を積み重ねて行くことになる点は、私の現状にも重なりました。

ドイツ、ベルリンにワーホリで住んでみることだけが終わりではなかった。だから現地就職を目指し、労働ビザを習得する形での移住を目指していました。しかし現地就職に成功し、生活が安定したとしても、その仕事で過度のストレスを受けてしまったら?体調不良まで起こってしまったら?「生活を安定させる為の」現地就職で終わりではなかったのです。次は「精神的にも安定する為の」転職活動が必要となってきました。正直3ヶ月前の就職活動と比べて有利になる点があるとしたら「実際にドイツ企業で働いていた職歴がある」この一点だけです。あとは英語の履歴書だけではなくドイツ語の履歴書を準備する気力と助けてくれる友人がいる点でしょうか。また同様に外国人としてベルリンで生活してきた友人達が、それぞれ目標の仕事を見つけ、情報も手にしています。彼らに相談しながら「ベルリンを拠点に日本市場進出を目指している企業はないか」探して行きたいと思います。

うーん、この急展開。結構ショックではあるけれどもまだワーホリビザの期限まで3ヶ月はあります。最悪7月で契約切れしても8月いっぱいは藻掻ける訳だし。人生何があるか分かりませんが、出来るところまでやってみましょう。ダメだったら日本帰国か、耐えて現在の仕事を続けることだって出来る。選択肢だけは自分で拡げておく、これが最大の防御だと思います。そして私を信じ、また心配して胸の内を明かしてくれた先輩達には感謝しきれません。どうしてこんなに素晴らしい人材を大切にしないのか、会社には「???」です。

5月13日公開!石井裕也監督作品映画「夜空はいつでも最高密度の青色だ」原作詩集、最果タヒを読む。

 

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「世界の最果てでサヨウナラ」

詩って本当に自由だ。「散文」って素敵な言葉だなって思う。

「渋谷の歌」とかヒリヒリしてくる表現だ。

映画の冒頭でも流れる代表作「青色の詩」の一節。

「都会を好きになった瞬間、自殺したようなものだよ。」

これが映画でも詩集でも血潮のように、全ての文脈に流れて滲みでている。

 

「最果タヒ」だなんて色々無粋なことを勘ぐりたくなるネーミングだ。「タヒ」に横線を一本引いたら「死」だし、「〜したい」欲求の語尾の古文的表現「〜たひ」を彷彿とさせて、「この人は死にたくてたまらないのかな?」とすら思ってしまう。その上「最果」と付いてくるもんだから「世界の中心で愛を叫ぶ」ばりに、「世界の最果てでサヨウナラ」とばかりに自殺でもしたいのかと思った。なかなかに現代的な太宰治臭がする。いやだな、この人が好きだなって思ってしまったとが嫌だな。だって、この息苦しさから逃れたくてベルリンくんだりまでやってきたって言うのに。あの息苦しさの苦味が、まだ舌の上に残っていたのかもしれない。

 

文章から透けて見える「最果タヒ」の日常の視線、感情の世界観

「春の匂い」という作品で「いじめをしたことがある人しかいない店で食べたパンケーキが私の最後の青春だったかもしれない」という表現がある。「いじめをしたことがある人しかいない」という表現は、スクールカーストと言う弱肉強食のヒエラルヒーに置いて頂点に立っている人達、つまり「キラキラしているリア充の人しかいない店」といいたいのであって、そこを「イケている人達が集まる」という表現ではなく「いじめをしたことがある人しかいない」とかいてしまうところが最果タヒなんだと思った。そこに加わっていた自分がいた、という過去を示して「最後の青春」だったという。今はそんなヒエラルヒーの螺旋から降りた、もしくは距離を置きたい。彼女の背景と現在の立ち位置が一瞬で脳内を駆け巡る、すごい表現だと思う。

彼女の表現に多用される突然の「お前」「殺す」「死んでいる」という暴力的な表現と、並列される「愛」「夜景」「花」という綺麗なもの。ジェットコースターの感情の上下や表現の振れ幅からは、不安定で自分を持て余しながらも冷静に自分を卑下だってしている現代的な頭のいい女の子の思考回路がダダ漏れになっている。これがもっと俗っぽくなって「メリット」「デメリット」に二極化されたら外資系女子だし、そこに「フェミニズム」までぶち込んだら勝間和代さんに変身するのでしょう。この「どっちつかずでいる」という非常に疲れるスタンスで、女子であることを嫌悪しつつも女子でもありつづける葛藤のある女性は素敵だと思う。(非常に面倒くさいけれども)「最果タヒ」が詩の新時代と言われるのは、それだけ女性が疲れ切っているからではないだろうか。

そんな中でも一番好きな表現は「やぶれかぶれ」の一節。

「夢破れて山河有り。私さっさと山河になりたい。生きて必死で幸福探す人を下品って言い捨てて、一番下品な山河になりたい。」

積極的ネガティブで爽快感がある。もういいんです、いいんです、って言い切っている感じがスッキリしている。全然スッキリ出来ていないくせに、その一瞬だけは「勝った」みたいに、「解脱」できたかのような開放感がある文章の切り方。それでいい、って思う。

「最果タヒ」は映画「夜空はいつでも最高密度の青色だ」のヒロインそのものだった。ああ、この映画は「最果タヒ」と、彼女に出会って彼女の中にくすぶるどうしようもなく「それでも恋したい、愛されたい」という天の邪鬼な欲求を吸い上げて無条件に与えようとする青年との出会いを描いた、まさにラブストーリーだ。映画だけを見ても分からなかった「ラブストーリー」という宣伝文句が、この詩集を読むことで腑に落ちた。愛されたくて、愛されないことに疲労して、勝手に絶望して自堕落になっているくせに、「でも、いつかは」って想いも捨てきれないヒリヒリ感。

「最果タヒ」の作品は全てこのヒロインの視点なのであろうか、それともキャラクターは変わるのか。別の作品集も手に取って確かめたくなった。太宰治のように時にポップでクラシカルで、でもしみったれた僻み根性も消えない、そんな作風が好きだって思っちゃう私が嫌いだけど、しょうがない。

 

息苦しさの中にある悪趣味とも思える希望を提示した映画

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詩集を読み込めば、もう一度あの映画が見たくなる。「最果タヒ」の言葉に血肉を与えて精神を具体化したあの映像で彼女に会いたい。当初は池松壮介さんが演じる都会の底辺で生きる男性が強烈な印象を残していて、彼からの視点に入りすぎてしまっていたけれども、詩集を読んだ後では確かにヒロインの石橋静河さんが演じる女性がとても「最果タヒ」のイメージにあっていたと思う。グラマラスな美人でもアイドルみたいな作り込んだキュートさもない。それでも生きているだけで美しくなってしまう若さの、生命力のある綺麗な女性にもう一度会いたいな。

この映画との出会いはベルリン国際映画祭(通称ベルリナーレ)だ。ベルリンでやっと泥沼みたいな葛藤から抜け出して仕事を手にしてから一週間、映画好きの友人とベルリン中を駆け回って鑑賞した数ある映画の中の一つだった。仕事終わりの映画館巡りで疲労もたまってきていた水曜日。立て続けに見た映画の二本目。上映時間は夜の22:00から。平日の深夜上映にも関わらず、石井監督をはじめ主演俳優の二人まで出席していて、舞台挨拶と質疑応答まで行ってくれたことは忘れられない。

「こんな内容の映画を自由を愛するドイツ人が鑑賞して楽しめるのか?」と感じたあの頃の私に「ドイツ人も、ベルリナーのことも分かっていなかったな」と思う。ドイツ人は疲労しているし、ベルリンに住む人々は多種多様で、外国からの移民は、たとえヨーロッパ内から移住してきた人だって苦労の連続である。「クソみたいなストレスフルな仕事だって、ストレスすら受け入れてやって行かなきゃ、仕事にしがみつかなきゃ住んで行けない街がベルリンなんだ。ベルリンに住みたきゃ覚悟して仕事しやがれ。」とミーティング中にぶちまけたポーランド人の同僚を思い出す。何に比べたとしてもポーランドよりはベルリンがマシなのであろうか。

3ヶ月ドイツ人の会社で仕事をして、「日常」を手にして生活をしてきて、この映画はベルリンと言う都会に住む人々にも響いていたんだと分かる。この自由でアートで革新的な街だって、少し立ち止まれば排気ガスの臭いが鼻について物乞いのロマの人が目に入る。そして白人のドイツ人と思われる若い女性の物乞いもいれば、私の祖父と変わらない年齢の老人がゴミ箱から空き瓶を拾っている。(後で換金してパンでも買うのだろう、ビールかもしれないけれど。)ドイツ人だって気を抜いたら路上で寝起きすることになるのだ。

映画の冒頭の「都会を好きになった瞬間、自殺したようなものだよ。」という台詞は、「東京」とは固定されていない。きっとベルリンだって同じなのかもしれない。ここも都会、顎を上げて前を見据えなければいつだって精神的な窒息死が待っているのかもしれない。

 

この映画は「何故ベルリンまでやってきたのか、忘れそうになったら見返したい映画」だ。

運命的な出会いを勝手に定義する時は「この作品は私の為に作られたのだ」とまで思い込みたくなる。口にせずともブログに書かなくても、私は見るべくしてこの映画に出会ったと思っている。きっと必然だったんだ。そして日本で映画公開となる5月末に、何の因果か更に人生を藻掻きたくてビザ更新間近で転職活動を始めようとしているのだから狂っているね。難民としてベルリンで暮らすルームメイトに話しても「仕事があるだけ有り難いのに」と理解はされない。その通りだからだ。「精神の安定と健康が一番大切だから」という根源的な欲求はいつだって一番最後に沸き上がるのかもしれない。私の生き方は、貴族的だと思われても仕方が無いね。

どうしても見栄をはったり世間体を気にしない精神力を持つことが出来なくてその環境から逃げてきたのが私です。これがベルリンまで来た最たる理由で、あながちバカだったとは思わない。「クソみたいな仕事にだってしがみついて行く」と覚悟を決めた人達を尻目に、「人間らしく生きたい」だなんて我が侭だとは自覚している。ここで「最果タヒ」みたいに「お前」「大嫌いだ」「死体」「死んでいる」という単語を並べて、ベルリンの「最果タヒ」を気取ってみれたら、私は何か殻を破れるのかもしれない。もしくは既に孵化してしまっているから私は「最果タヒ」にはなれないのか。私はベルリンで死体になるつもりは無いから、明日もボルダリング行って元気にピクニックとかしちゃいたいと思う。ちなみに私が一番好きな詩は「夏」です。

週末で予定と予定の間のスッポリと空いてしまった空白時間、そんな時間がある方はベルリナーレで私が映画を鑑賞した時に無駄に長い感想文でも読んでみて下さい。これです。

morianna.hatenablog.com

 

 

ベルリンで違う国籍、文化圏の異性とWG(シェアハウス)にて二人で暮らしています。トラブルが起こった時はひたすらドイツ語で対話して最後にハグ!

はい、今回はベルリンあるある、WGネタです。WG(ウェーゲーと読みます)とは簡単に言えばシェアハウスのことで、一つの家なりアパートを二人〜数人にて共同生活をすることです。ベルリンは学生やアーティスト、また移民など様々な理由でWGを選択する人が多く、また最近の家賃の値上がりや「引っ越したくても部屋が見つかりません問題」もあり仕方なくWGを選択する人もいます。もちろん仲良しグループのシェアハウスも沢山あります。とにかくベルリンではWGで生活する人が多く、また同様にWGならではの問題で悩まされる人達も多く存在します。私はアパートにて、違う国籍の、全く異なる文化圏から来た異性と暮らすことになりまして、まあ、それはそれはもう色々ありました!そして現在進行形で、色々と起こっております。今日はそんなWGで他人と暮らすことについて書いてみようと思います。

 

違う国籍の、全く異なる文化圏から来た異性とWGで二人暮らし

私が住むアパートは個人部屋が2つ、共同のキッチン、お風呂とトイレがあります。暮らしているのは二人なので、それぞれが個人の部屋を持っています。

もともとは私のドイツの友人が所有する部屋であったのですが、私がベルリンに来るタイミングでその友人が別の国での仕事が決まったので、空になるベルリンの部屋にそのまま住まわせてもらう、というラッキーで部屋が見つかったクチです。ベルリン到着前には私一人での生活だと思っていましたが、いざベルリンに来てから友人より「部屋探しで困っている難民の子も一緒に住まわせてあげて欲しい」と話を受け、「困っているのはお互い様」という二つ返事で了承しました。その時は「難民の彼が他に部屋を見つけるまで」と聞いていたので、長くても1−2ヶ月の話だと思い、それが違う国籍の、全く異なる文化圏から来られた異性であったとしても、あまり問題には感じませんでした。

まあ、この話がいつの間にか変化し、そのまま彼が同じアパートに留まることになったと聞いた時はかなり驚きましたよね。ベルリンでは部屋探しが本当に大変です。「部屋さえ見つかれば!」ぐらいの心境の人は沢山いますから、WGで異性と暮らす人も珍しくはないようです。しかし違う文化圏かつ、異性との暮らしは元から仲の良い友人、カップルで無い限りはトラブルはさけられないと思います。私も例に漏れず、まあ彼とは沢山のトラブルがありました。

 

お互いの共通言語は拙いドイツ語のみ!コミュニケーションが取れない!

コミュニケーションって言葉だけではないとは思います。でも、そもそも友人でもなく、お互いの事情もよく知らないままにいきなり同じアパートで生活が始まった私達。ボディーランゲージで伝わるほどの絆もありません。言葉でのコミュニケーションが非常に重要です。が、彼は中東イランからの難民。初めての外国語はドイツ語、英語は話せません。私はドイツ語の挨拶程度しか身につけていないままにベルリンに飛び込んできたお馬鹿者。まさか国際都市ベルリンまできて英語が話せない外国人とルームシェアすることになるとは思ってもいませんでした。その時の彼のドイツ語レベルはA2.1.(初級)私はA1.1(超初級)もう、どっちも幼稚園レベルしか話せないんですよ。。。「あ!キッチンのコンロを付けっぱなしにしている!危ない!」と思って注意したくても、単語が出て来ない。だから黙って静かに私がスイッチを消す。きっと彼も「お風呂に髪の毛が落ちたままだ!」と思っても、きっと私には言わないまま、そっと対処して我慢してくれていたと思います。お互いに丁寧に接しようとしても、ひとつのことを話すのも一苦労。だって思考回路は成熟した成人なのに、使用言語が幼稚園レベル。お互い様だと思って我慢出来るところは我慢しながら、なるべく「ココが問題だから、こうして欲しい」など起承転結付けた説明と相談はさけていたと思います。むしろ最初2ヶ月は皆無でした。

 

家ではくつろぐ文化の日本人と、家には他人を招く文化のイラン人。

そんなこんなで何とかやり過ごしながら生活を続けていた私達は、お互いに「自分のすべきことに集中しよう」という気持ちがあったのでしょう。私は就職活動を続け、彼は大学進学準備などを進めていました。生活のリズムにも違いがあったので、すれ違うことも多く、私の中では「同じアパートで別々に住んでいる人」という認識でいました。コミュニケーションを取れる時は取っていたのですが、私は英語話者の友人と過ごすことが多く、彼もまた主にイランコミュニティーで過ごすことが多かったようです。ルームシェアをはじめる際に「友人を呼ぶ際には事前に相手に連絡して、オッケーを貰うようにしよう」と約束してはいましたが、彼が約束を守ったのは最初の数回程度で、その後は事前連絡無しで友人を連れてくるようになりました。私も「約束を守られないことは不満でもあるが、あまり目くじらを立てるのはどうであろうか」と遠慮があり、そのまま黙認することが続きました。ベルリンまできても日本人であることは変わらず、家ではゆっくりくつろぎたい、というのが私の文化です。一方イラン人の彼は、家は人を招く場所だと思っているので、友人を招いて夕食を振る舞うことが好きです。もちろん事前に連絡があれば私もキッチンを片付けたり、適当な格好でリビングで勉強をしたりなどしません。またゲストが来る、という心構えにもなれたでしょう。しかし、ゆっくりとした日曜日の午後を過ごしていた時に、連絡もなしにイキナリ10人のイラン人がやってきて、そのままパーティーが始まった時は流石に頭にきました。余りにも勝手な振る舞いだと思えたからです。

 

WG生活6ヶ月目にして初めての話し合い。そして実感するドイツ語の上達と出るわ、出るわの不満。

ゲストの前では挨拶を済ませ、どうしても落ちつかない私はカフェに移りました。そして5時間ほど後に家に戻ると、パーティーはまだ続いています。次の日は朝から出掛ける必要があり、私は静かに寝たかった。携帯のメールでルームメイトをキッチンに呼びだし、「話がしたい」と切り出しました。

最初にゲストは事前に連絡すると約束をしていたはずであったことや、もし私が病気で寝込んでいたらどうするのかと、連絡無しに大人数のゲストを招かれることがどれほどストレスであるか伝えました。彼の方でも共有スペースでの掃除の分配や、また自身の文化としてゲストを招くことの重要性、そしてそれまで私に遠慮しながら生活してきた不満を話してきました。半年前のぎこちないドイツ語が嘘のように、起承転結のある不満と希望、筋が通る理屈での反論、文法や単語、発音のでたらめさはありましたが、お互いが驚くほどにドイツ語でスラスラと意見をぶつけ合いました。どれほど互いに我慢してきたのか、この時ほど実感したことはありません。その後、掃除箇所の担当決めと「ゲストを呼ぶ際には事前に伝えること」を約束しました。

 

トラブル後の話し合いの後に、再度向き合って話す時間が大切

実を言うと、最初の話し合いでは私の弁が立ちましてブチ切れていたことも相まって「一ヶ月ゲスト禁止ルール」をブチ上げていました。私も同様に友人を呼ぶことは出来ませんが、ここまでしないとどれだけ私が怒っているか、実感してもらえないと思ったからです。もともとの約束を反古にしていたこと、また確かに連絡無しでパーティーを開いた引け目もあり、また多分人生で初めて女性から強く叱責されたショックからか、イラン人のルームメイトは「今後一切ゲストは呼ばない」と言い切りました。しかし友人を大切にする彼が、自宅に友人を呼べないことはとても辛いことなど私にも分かり切っていたので、二週間後に話し合う時間をとって「事前に連絡してくれたらゲストがくることはもちろん構わないし、私も同様に友人を呼ぶ時は連絡する」と伝えました。お互いに相手が真からの悪い人間でも嫌なヤツでもなく、まあ違う文化圏と生活リズムの相手であるということは知っていたので、話せば理解出来ます。私も一方的に日本の文化を押し付けることはしたくないし、同様にだからといってイランの文化だけを押し付けられても困ることを伝えました。コーヒーを飲みながら、後は互いの生活の話を続けます。私に仕事が見つかったこと、彼が大学進学の為にドイツ語の試験を考えていること。不慣れな言語でコミュニケーションを取ることは難しいけど、それでもどうにかしたい気持ちは同じです。

 

守られない約束と、コミュニケーションの不足。再びのゲストトラブル。

平和に過ごしていても、やはり一度お互いに感情をぶつけて話し合ってしまったからか、互いを尊重しつつも未だに「同じ空間で別々に暮らしている」という感覚のまま時間がすぎました。もちろん顔を合わせれば話もしますし、たまに食事を一緒にすることもありますが、基本的には別々で生活していました。その間もゲストが来る時には互いに連絡し、それぞれの担当箇所の掃除はシッカリと行っていました。しかし一通のメール連絡で誤解が生まれてしまいます。

「Ab 29, Mein Freund kommt, ein par tag」このメッセージを私は「29日から友人が来る。二〜三日。」と受け取りました。しかし、彼に取って「ein par tag」は「しばらくの間」という意味だったのですね。私は30日、31日、翌月になっても一週間以上滞在し続ける友人の存在に混乱しました。一体いつまで滞在するのかと。私は約束が違うと思いました。そして再びコーヒータイムです。

前回感情的になってしまったので今回は「何か事情があるのか?」とこの状況の背景を聞きました。すると何でも無い、お互いの認識違いであったのです。ドイツ語の不慣れさもあるかと思いますが、日本人にとっての「しばらく」と、イラン人にとっても「しばらく」の期間には大きな開きがありました。そして彼には「いつも警察の取り調べのように話し始められるのは不快だ」とハッキリ言われました。このとき「約束を破るなんて最低だ」と怒っていた頭が冷え、むしろ私自身のコミュニケーション不足を痛感し、深く反省しました。

約束を守る、お互いを尊重するだけではなく、同じアパートで暮らす以上、最低限どころではないコミュニケーションが不可欠です。何故メールを受け取ったとき、遊びにくる彼の友人についてもっと知ろうとしなかったのか。どんな友人であるか、どこで知り合ったのか、どんな思い出があるのか。友人が訪ねてきてくれることは嬉しいことですから、どうして私も一緒に歓迎しようとしなかったのか。以前の10人規模のパーティー以来、ハウスルールを定めたけれども「ルールさえ守れば互いに快適」だなんて単純なことではありません。歩み寄って、歩み寄って、互いの行動の背景を理解しようとしてきただけで、私はルームメイトの彼自身のことを本当の意味で大切にしようとは思えてなかったのだと気づきました。

 

「オハヨウ」「ただいま」の挨拶をしたら、ハグをしよう

今回の話し合いでは「ハウスルールなどくだらない」という結論がでました、というか私が出しました。お互いに尊重する気持ちがあれば、ルールで縛ることも、ルールだけで満足することもなくなると分かったからです。何よりもコミュニケーションが一番大切で、話さえすれば、私達は驚くほど分かり合えるし、やっぱり悪いヤツじゃないなって再確認出来るのです。互いに相手を尊敬しているし、応援だってしています。

今回は思い切ってお互いの恋愛状況も明かしました。異性と生活する以上、色恋沙汰でガタガタしたくなかったので、私は自意識過剰であろうとも恋愛関係の話はずっと避けてきました。でも、お互いにデートしている相手がいて今更ルームメイトを恋愛対象に見ることはありません。「ごめん、タイプじゃないんだよね」と平和的に相互確認も出来ました。だから、これからは挨拶する時はハグもしよう、と私から提案しました。ヨーロッパでは仲の良い友人が挨拶と同時にハグをすることは当たり前の文化です。「おはよう〜」とニュースを読みながら振り返りもせずに挨拶することは出来ても、ハグをするとなれば相手の顔を必ず見るし、体調や気持ちの浮き沈みだって察することが出来ます。コミュニケーションが増えれば誤解も減るし、互いのミスや不満も軽く伝えることが出来ます。これ以上の他人感満載なルームシェアを打破する為には、私から態度を改めて、もうグッと距離感を詰めるしか無いと思いました。フレンドリーで友人を大切にするイラン人です、私の提案をすごく喜んでくれました。

 

トラブルがあっても、このアパートに住み続けてきた、住み続けて行く

ルームメイトとトラブルが続いても、数日気まずい空気が流れても、ベルリンで外国人である以上住むところを新しく探すのは大変だし、このアパートは立地も良ければスーパーも駅も近い、私も彼もこの家から出て行くことは考えていません。だからこそトラブルがあったとしても、不満があっても、「住む場所は必要だから」とお互いがグッとこらえてきたのだと思います。

一度は彼と友人になろうとも思いましたが、友人とも何か違うし、やっぱりルームメイトなのだと思います。ルームメイトだからこそ築ける関係があるだろうし、互いの存在に助けられることもしばしばです。鍵を忘れた時とかね。あとビザ情報やドイツ語学習法、普通に互いの文化の料理をシェアしたり楽しいこともあるんです。私はかなり大雑破な人間なので、キッチンがすっごくイラン料理臭くなっても笑うだけだし、お返しに私が醤油臭くすることだってあります。きっと私のシャンプーの減りが早いのは気のせいだし、たまに私の担当のゴミ捨てが知らない間に完了していることだってあります。これからもトラブルは起きて、その度に話し合う必要が出てくるでしょうが、いつだってコーヒーを飲みながら「どうしたらお互いが快適に過ごせるか」「どこまで譲歩出来るのか」「どこを反省すべきか」一緒に考えて行きたいと思います。

話しても通じない人が溢れる世の中で、話せば通じる相手と暮らせるだけ本当に有り難いことです。もっともっと話して、ついでにドイツ語も上達させて、よりよいWG空間になるように、私から始めて行きたいと思いました。

入社3月目!ベルリン ワーホリから現地就職 スタートアップ企業で働き始めて感じること。

【前置き】

これは個人的なベルリン現地就職のリアルな感想文です。のちのち振り返って自分が「はっは〜!」って考えさせられるであろうから書いておきます、って文章です。あと現地就職に興味があった頃、沢山の人のブログ記事でどんな小さなことでも海外就職に関することは気になって読んだので、同じ境遇の人にひとつでも一例が示せたら幸いです。

 

はい、時の流れは早いもので既に入社してから3ヶ月が経ちました。入社してからは毎月定額のお給料がもらえる安心感から「わーい!ベルリナーレ!」とか「最新映画見たよ!」とか、とりあえず「映画ばっかり見ているんじゃないの!?」と自分でも突っ込みたくなるぐらい映画の話題が中心になってきておりましたが、そもそものブログの主旨である「ベルリンから人生敗者復活戦」的なテーマに立ち返って、ベルリンでの仕事に関して書いておきたいと思います。

 

私の仕事と雇用状況について簡単に説明

2月より、ベルリン市内にある世界中から色んな商品を輸入販売する小さな会社で日本市場担当の買い付けスタッフとして働いています。もう日本の製品に関わることは全部やっています。通訳、翻訳、市場調査、買い付け交渉、値段交渉、発注、在庫管理、資料作成、予算管理その他もろもろ起こりうるトラブル対処など!前職のホテル企業も色々な仕事に関わらせてもらいましたが、あー、もー、マジでめっちゃガムシャラに働いた経験がちゃんとあって良かったなって思うぐらいに現在スーパー忙しいです。でも商流の上流から下流まで、結構広範囲に渡って関わらせて頂けているので、大変だけれども全体の流れを学べることはもの凄く興味深いし、ドンドン学んで商業のビジネス感覚を身につけて行けたら良いなと思います。初挑戦の業種ですし、大変ですがやり甲斐はあります。(新しい業者さんを捜しだし、良いお値段を提示して頂き、新しい関係を築いていく過程は大変ではあるけれども、もの凄く有り難いご縁を感じることが出来ます。ここがやり甲斐かなあ。商品自体に大きな思い入れとかはまだ持てないけど、関わる人に対して「素敵な人と働かせて頂いている」というやりがいを感じます。サービス業畑からきているからか、どうしても「人」を中心に考えてしまうのが、善くもアリ、ダメな部分でもあるとは思いますが。)

雇用形態としましては、今のところ試用期間。半年働いてみて、会社側に気に入られたらワーホリ以降も正社員で働けるとのこと。もちろん半年後に私から契約更新を断ることもオッケー。一応半年後に契約更新の場合は契約内容の再交渉をしましょう、と面接時に言われているので、半年後にちゃんと交渉出来るように実績をつまねばならん大切な半年間を過ごしております。もー半分すぎちゃったけどね。

 

流石ドイツだな、と感じるドイツ企業の一般的な良い面を3つ!

ドイツって労働環境がいいんでしょ?って思う方が多いと思いますが、労働環境は悪くないと思います。

⑴時間の使い方が自由、かつ定時退社が徹底されている

ランチタイムは自分で勝手に決めて取るし、誰も細かく管理はしていないので、天気がいい日はお散歩しながらアイスを食べに出掛けてもオッケー。とにかく自分の仕事を片付けておくことが大事。そして役所に行くから少し遅れて出社してくるとか、病院に行くから一時間早く帰るとかも自由。定時だけは皆きっちりしているので、残業すると逆に白い目で見られるぐらいです。

⑵なんていったって有給がガッツリ使えるし日数も多い

半年の契約期間で有給25日をもらいました。週末は普通に休日なので、有給を全部くっつけると余裕で一ヶ月以上休めます。そして有給申請が断られることも無ければ、皆結構毎月のようにどこかにバカンスに出掛けています。もちろん有休を取ることで白い目で見られる何てこともありません。

⑶その上「病欠」の概念が本気で人間的

はい、もう熱があったり明らかに体調不良であれば仕事に来ても仕方ありません。人間としての権利です!とばかりに皆にも「お家帰りなさい、お医者さんに行きなさい」と諭されます。もちろん有給は減りません。病欠だもの、しかたない理由で休んでいるのだと理解されるみたいです。(仕事が心配で少し具合が悪くでも簡単には皆休んだりはしないけどね。)当日の朝に上司にメール入れたらオッケー。1〜2日の病欠は診断書も提出不要です。

 

ドイツならではの働きにくさ、難しさ

これは覚悟していましたが、覚悟なんてあってなかったようなもの。体験する度に唇を噛み締めてオロオロ、心がザワザワ、でもやるしかないからやります。

⑴日本人としての働き方、懸念事項、また日本側との調整に挟まれることは大変「日本的ビジネス文化」から説明しようにも理解しては貰えない

日本の業者様と新しいビジネスをスタートしたいとき、値段を聞き出すまでに時間がかかります。ご挨拶したり、相手企業のことを調べた上での丁寧な文章だったり、マナーが多いですね。またビジネス一辺倒ではなく会社間の関係性を大切にする文化もありますし、「Hi Daniel!」みたいに軽いノリじゃ進みません。その為欲しい情報を得るまでにタイムラグがありますが、このあたりが理解され辛いので仕事が遅いと思われ易い。これはスゴく悔しいです。人物名を一つ調べるにも、その人の漢字の読み方を調べるのが意外と大変。でもこの部分でひかかっていると仕事が遅いと思われるので悔しいです。

⑵人の良い日本人で通していると、ドンドン関係ない仕事まで頼まれる

もちろんチームを大切にしたいし、手伝えるならば手伝いたいけれども、明らかに私の仕事ではない部分まで頼まれると重要な業務にまで影響が出てくる訳で。上手な断り方とフォローの仕方を全国籍の同僚から見て学んでいますが、結構皆さんがマイペースだから、参考にしたいぐらいに上手な人はいない。日本人の先輩がなんだかんだ一番さじ加減が上手だと思っています。

⑶実力主義だからこそ結果にコミットしていないとアウト

自由奔放な社風に思えても、そこは実力社会。結果にコミットしないと価値がない訳で。(ライザップの「結果にコミット」ってすごくキャッチーだけど普遍的に使えるワードですね)日本市場に関わることは私達チームの責任であるし、それ以上に買い付けている製品に関する知識も生産者並みに持っておかないと「リサーチが甘い」と責められる訳で。どの仕事をしていても同じかもしれませんが自分の仕事の範囲を超えて、「あの部署からはこの仕事をしていてこんな情報が必要になるだろうから先に用意しておこう」だとか、会社全体の動きを把握して先回りしておかないとドン詰りです。日本との時差が7時間あるため「どーもスミマセン!ちょっと質問があるんですが!」と気軽に取引先に確認の電話が出来ない難しさもあります。先回りして情報を集めておく、これは本当に大変だと思いました。

 

スタートアップ企業で働くメリット

そもそも私が働く会社はドイツ企業でもあり、設立数年目のスタートアップ企業です。社員も緩やかに増加中な、スタートアップで働くことの実感も書いてみます。

⑴即戦力である為に、その分自分の仕事を任せてもらえる

良い意味でも悪い意味でも即戦力としてみられています。だからこそ「日本人スタッフを増やしたらやりたかったプロジェクト」が堪りまくっていた訳です。その分ガンガン新しい製品をリサーチして、販売元にコンタクトを取って値段交渉までして取引条件を引き出し、社内会議に出して行かなければなりません。「交渉が下手すぎる」と怒られることばかりですが、「よくこの生産者さんとの窓口を開いたな!」と感謝されることもある訳で、プロジェクトを任せられた分、最初から最後までの過程に関われることはやり甲斐になります。

⑵仕事の裁量が大きい

これも大変ではありますが、私が適当にしたままにしておくと一生進まないプロジェクトも出てきました。ここは責任感が芽生えますし、勧め方も任せられているので、その分トライ&エラーで色々挑戦出来ることは有り難いです。

⑶社長との距離が近いため、常に話し合える

もちろん緊張はするのですが、社長や経営陣の判断を確認しないと大量の発注などは行えません。また会社が特に力を入れて売り出して行きたい商品を把握しておかないと在庫管理にも影響が出てしまいます。Slackなど便利な社内チャットアプリも活用されていますが、やはり直接の会話が大切だと実感する今日この頃。常に忙しい経営陣ですから「話が長い!」と怒られることも。要点を把握して相談と提案を同時に行うこと。経営者が何を求めているのか、そこまで考えてコミュニケーションを取ってかないと「忙しいのに無駄な相談に時間を取られたくない」と心証を悪くしてくばかりです。ある程度経営者の思考を理解したビジネス感覚を身につけないといけないな、とビジネス書を読み返したりしています。

 

スタートアップ企業で働くデメリット

⑴スタートアップであるために、会社の色んなことが発展途中、確立されていない

私の最初の大きなプロジェクトは「3年前の会計データの確認」でした。今まで確認したくても人手がなかったので適当になっていた部分もあったようです。それから倉庫の整理だったり、とにかく今後の仕事よりも過去の片付けの仕事が多く、駆け抜けてきた会社であることは感じました。

⑵ドイツ企業といってもスタートアップなので、日本ほどブラックではないがドイツ国内で言ったら充分にグレーゾ—ンらしい 

まず無茶ぶりが多すぎますね。コレが買いたい!と経営人にyoutubeの動画が送られてくれば、その動画で日本人が使っている器具を探し出してメーカーにコンタクトしたり、探偵みたいなことを良くします。あと一人の裁量が大きい分、その人が休暇中でもガンガン電話掛けちゃいます。休暇中に仕事の連絡が入ってくるとか、ドイツではちょっとあり得ない部類みたいです。日本ではまあ、よくあることだけども。

⑶給料交渉、契約内容の交渉が個人の貢献度や実績だけで測られるのではなく、会社の成長度合いにも左右されて難航する

これは、本当に辛い。詳しくは次のセクションに書きます。

 

スタートアップで働くということ

ここまでメリットとデメリットを書いてみて、よく考えたら私の現地就職での苦労とか経験はドイツ企業とか関係なく、日本のスタートアップで働く人達と同じ感覚だと思いました。ただコミュニケーションが英語ツールになるか、また文化的違いの障害があるかないかの差異だと思います。まあ、この差異が大きくてだからこそベルリンまできて働く経験が貴重なものになるのだと思いますが。私は今回の仕事を始めて「海外企業で働くこと」と「スタートアップ企業で働くこと」の二つを同時に経験しているのだと分かりました。つまり悩みにも2パターンがあるので、そこを混雑させず、整理しながら解決策を考えて行くと単純に「ドイツ企業だから上手くいかない」というネガティブな思考には陥らないはずです。もし海外就職をされて同じような問題にブチ当たっている方がいれば、その問題が「海外と言う文化的難しさから来るものなのか」「会社の成長フェーズの段階で生じる問題なのか」はたまた「自分自身のモチベーションなどによるものなのか」冷静に判断してみると「解決しうる問題か(効率やモチベーションなど自分自身のこととか)」「解決しようも無い問題か(文化の違いは乗り越えにくいので)」がハッキリして、努力するか無条件に受け入れる、図太くなるのか、自分の立ち位置を定め易くなるかと思います。一緒に頑張りましょう、私も週2−3回は深—く落ち込んでいます。

 

7月末で契約更新か解除。私自身の現時点での気持ちと意向を整理する。

1月末、2月からの採用のお電話を頂いた時は天にも昇る想いでもの凄く嬉しかったことを覚えています。ちょうどワーホリでベルリン滞在5ヶ月が過ぎようとしている頃で、とにかく何でも良いから仕事がしたいと焦っていた時期でもありました。そんな時にこの会社に巡り会えたことには今でも感謝しています。

しかし、現在の会社が長い目で見て働き易いか、待遇面で考えて行くと正直悩む部分も多いんですね。一番のネックは、先輩達の契約再交渉が難航していること。詳しくは分からなくても、約束の半年を過ぎても契約交渉が始まらなかったり、正当な評価を受けていないと感じる人が多いと聞くと、私自身の7月時点での交渉もきっと難航することが伺えます。仕事は多いですが、給料はまだまだベルリンの平均値に入っていません。もちろん新人かつアシスタントのポジションなのでお給料があるだけ有り難い身分です。でも半年後、ある程度仕事を覚えて実績も残し始める時期にも果たして同じ待遇のままであることはフェアなのか、そこを考えると少し哀しくなりますね。最低限の生活は出来ても、日本の家族に何かあった時に飛んで帰れないから何も出来ない、そんな貯蓄しか持てないことは理想的ではありません。

8月末にワーホリビザが切れるので、7月の交渉次第では新たな就職活動も視野に入れなければならないと考えるようになりました。出来れば今の会社で長く勤め、仕事も覚えて頑張りたいし、正直このまま安定したいです。が、それは「メンドクサイから頑張らない」という言い訳でもあり、「メンドクサイから我慢する」ことが全て美徳でもありません。もちろんワーホリ後は就労ビザが必要となりますので、ビザの弱みがある分再就職はかなり焦りますし、同様に短期間では難しいことになると思います。前回は英語のみの書類で就職活動を行った為、就職活動の範囲も狭まってしまいました。その反省から次回にはドイツ語でも就職活動を行えるよう、今からもう一度ドイツ語の勉強に力を入れ、7月までにはドイツ語の履歴書と志望動機書を書けるようにしておく必要があります。ドイツ企業で半年働いた経験も履歴書に含めることが出来ますので、たとえ契約更新がなくとも、この会社での経験は無駄になることはないでしょう。

考えられうる問題には心構えと現時点で出来る準備を進めておき、あとは無駄に考えすぎて焦らない、不安になりすぎないことも大切かな、と。先輩達のネガティブな雰囲気に影響されて(実際に給料交渉で揉めて退職したメンバーまで出たので)一時期私まで眠れない夜を過ごしてしまいましたが、「私にも同じ問題が起こるとは限らないし、もしかしたら私が納得出来るラインと、他の人が求めているラインに違いがあるのかもしれない」と考えを改め、必要以上に7月以降のことを心配することは止めにしました。このような漠然とした不安は、毎日覚える新しいドイツ語の数だけ小さくなって行くと信じて、目の前の仕事に注力し、同時に日々も楽しみながら過ごして行きたいと思います。

以上が私が3ヶ月ベルリンの現地企業で働いてみた、振り返りでした。現地就職では様々なトラブルがあり、困ることもあるかもしれませんが何はともあれ「自分の価値を高めること」そして「弱点を克服するか、カバー出来るスキルを見につけること」日本で求められることと同様の努力を重ねれば、どうにか乗り越えて行けるのではないかと思います。繰り返しになりますが、一緒に頑張りましょう!新しい生活スタイルを目指して海外移住を目指してきたはず。ここからが人生の敗者復活戦なのですから、根気よく立て直して行きましょう。(95%ぐらい自分の為に言っている。)

 

現金の持ち合わせが無くてピンチ!クレジットカードでベルリンの地下鉄、バス用の交通チケットが買いたい時は駅構内コンビニへ!

もうタイトルで結論出ていますが、結構困っちゃう人もいると思うので一応紹介しようと思いましたというのも、私の可哀相な実体験から発生している今回のテーマ。

 

ATMから現金が引き出せません!?現金が重要なベルリンでは死活問題。

私、2月に仕事が決まって働きだすまではドイツに銀行口座を作っておきながらもまだドイツの口座にお金を入れておりませんでした。ベルリン滞在最初の半年間は日本の銀行口座からお金を小額ずつキャッシュカードで引き出して現金化していたのですね。基本は現金ではなくクレジットカードを使用していたのですが、なんとドイツって結構クレジットカードが使用出来ないところが多いんです。レストランにしろ美容院にしろ、「デビットカード(すでに銀行口座に入っているお金の分だけ使用出来るカード)であれば使えるけどね。」と断られたり、「クレジットで支払うと手数料で+5ユーロかかっちゃうよ?」というプラクティカルな対応が多かったりして、結構現金が必要になってくるもの。語学学校に授業料を現金で支払ったらそれだけで225ユーロになってしまいます。ベルリンのクラブだってエントランスフィーは現金払いが基本だし、なにより友人とレストランで割り勘する時も現金でパッと支払う必要がありますよね。ベルリンは現金を持たずに生活するのは難しい場所なんです。

私がトラブルとなったのは一ヶ月のキャッシング枠が5万円と限定されていたこと。それまでは節約生活だったので特に現金を5万円以上払うことは無かったのですが、2月から仕事が決まったぞー!わーい!と喜んでいたらクラブに行ったり食事に行ったり、なんだかんだと現金をちょくちょく引き出し、5万円の限度額を超えてしまいました。限度額を超えると、それ以上は次の月まで引き出せなくなります。はい、現金がないってめっちゃ大変です!

 

ベルリンの交通網はとっても便利!でもチケットの販売機がクソだよ!

これもどうしようもないことなのですが、日本人関係なく、もう別の国から来た旅行客もヨーロッパからの旅行客も等しく「は!?チケットの販売機ってクレジットカードは使えないの!?」と自販機前で慌てています。しかも自販機、パッと見ではクレジットカードが使えるように見えるんですよねえ。。。

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はい、写真では機械の右側にカードを差し込む部分やパスワードを入れるキーパッドがありますよね。コレを見て皆さん「やったー、クレジットカード使えるやん!」と思っちゃうんですよね。

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チケット購入手続きを進めて行くと、支払いの画面となりますがここで何かが変であることに気づくのです。「クレジットカードに×が付いている??」そうなんです!まあ色々とカードの種類があるのですが、とりあえずクレジットカード対応してくれていないのですよ。場所によってはクレジットカード対応が可能な自動販売機もあるのですが(ベルリン中央バスセンターの自販機はクレジットカード使用はオッケーだった気がする)、たいがいのチケットの自販機ではクレジットカード対応不可になっているので皆さん支払いが上手くいかない度に「あれ?なんでだ?」と自販機前で無駄な抵抗を試みるので、結構自販機が混むこともあります。

 

ベルリンの交通チケットは結構高い!一週間乗り放題は30ユーロ。

じゃあ現金で買えば良いじゃない!って話ですが、ベルリンの交通費って意外と高いのです。一日乗り放題のチケットは8ユーロ、一週間ほど滞在する旅行者には1週間乗り放題チケットもありコレは30ユーロです。一ヶ月の定期券は大人81ユーロとお高め。現金一括で買うには持ち合わせが足りないことも多々あることでしょう。チケットを買う為だけにわざわざATMを探しに行くなんてやりたくないし、高額だけどもお得なチケットを買うほどの現金が無い為にとりあえずの1回券2.8ユーロ(同方向であれば2時間有効のチケット)を買ってしまっても、何となくもったいない気がする。でもベルリンの地下鉄などでは抜き打ちでチケットチェックをされるので「一回だけならいいかな?」と思って無賃乗車をすると、捕まった場合の罰金は80ユーロと高額。リスクは取りたくないですね。

 

BVG(ベルリンの公共交通機関をまとめている機関)の事務所に行ってもクレジットカードでは買えない!?

私はなんとしても一ヶ月分の定期券を購入したかったので、なんとかクレジットカードで購入出来る場所は無いかと自BVGのオフィスまで頑張って歩いて行きました。だってチケットの取り締まりだったり販売の管理をしているのだから、チケットをその場で購入することも可能であろうと思ったのです。が、なんと窓口で「ここではチケットを販売していないし、クレジットカードで支払うことももちろん出来ない」と門前払いをされてしまいました。オフィスにもよるのかもしれませんが、BVGの事務所に行ってもクレジットカードで買うことは出来なかったです。(私はPotzdomer strasseの辺りのオフィスに行きましたが、こちらでは扱いはありませんでした。)

 

駅構内の売店でチケットが買えるよ!もちろんクレジット対応もオッケー!

落胆しつつも希望を込めてとりあえず駅に戻り、「もしかしたら別の自販機ではクレジットカードにも対応してくれているかも!」と駅構内に入ってみると、ふと目に付いたのは駅構内のコンビニエンスストア。

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「あれ?何かS バーン、Uバーンのチケットのマークがついたポスターがある。」

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そうなんです、なんてことは無い!駅構内にある売店では交通チケットを販売してくれていたのです!しかーも!普通の買い物と同様でレジでお金を払うのでクレジットカード対応がもちろん可能!レジで店員さんに買いたいチケットの種類を伝えれば、その場でチケットを発行してもらえます。また一ヶ月定期券などは「何日から有効のチケットが買いたいんだ?」と日付を聞いてくれるので、チケットの有効期間を自分で指定したい場合は「三日後から有効の一ヶ月チケットで」とお願いすることも可能。どこの駅でもだいたいは売店があると思いますので、そこでチケットを買うようにすれば現金の持ち合わせが無い人も安心して交通チケットを購入することが出来ます。

 

意外と情報が無かったクレジットカードでの交通チケットの購入の仕方

私はクレジットカードのトラブルで現金が皆無となり、本当に困りましたので英語でも情報を検索したりとかなり焦りました。その際、結構旅行客の方々が同じ質問をしていても「大きなBVGのオフィスで買えるよ。でも朝の9時からしかオープンしていないね。」のように情報提供はあっても、実際には駅構内の売店で買えると教えてくれる情報は出ていませんでした。もしかするとベルリン旅行中の方、また私と同様のトラブルで困っているベルリン在住の方に役立つかもしれないと思い、今回久しぶりに映画以外の文章を書きました。どなたかのお役に立てたら幸いです。